[東シナ海上空 PM 6:37 2/26 2032]

高度30,000フィートで巨鳥同士が踊り狂っていた。

ピジョットやヨルノズクやムクホークなどには到底介入する余地のない音速での戦いは、片方が炎の吹き出る槍を相手に放って突き刺し、爆発炎上させた事で終わりを告げる。勝った方の巨鳥は燃えながら落ちていく敗者をしばらく旋回して眺めていたが、同じ形の仲間が近づいてきたので、編隊を組んでからその場を飛び去った。

『今ので中国機を4機全機撃墜。もう空飛ぶセガールですね。隊長』

戦いを制した巨鳥に、それに付き従う巨鳥が喋りかけた。否、巨鳥━━三菱重工R社製第5世代戦闘機”心神”━━を操る松本1尉が無線を通して藤田2佐に喋りかけた。

「……ステルス機に乗っている奴がミグをいくら落としても自慢にはならん」

『またまたご謙遜を。今日だけでもう12機も1人で落としているじゃないですか。おかげで僕はいつまで経っても尉官ですよ』

藤田のかなり控えめな答えに松本がハイテンションで返した。

「……日本軍は慢性的な人手不足なんだから言えば階級を上げてくれるさ。折角1人前にパイロットに育て上げたのをむざむざとトレーナーにするほどの余裕はないしな。まぁお前はポケモンと戯れるって質じゃないか」

『残念ながらねぇ。僕も4歳の時に襲われなければこんな世界には入ってなかった訳ですが……』

「ちなみに何に襲われたんだったっけ?」

『コラッタです。あの前歯に噛み付かれて10針縫いました。もうそれからはポケモンなんかに近づけません』

「……ハハハ」

『あっヒド!? 笑うのは別にいいっスけどなんですかその無理矢理笑いましたって感じの乾いた笑いは!! もっと弾けた笑いをくださいよ!!』

「無理矢理そこまでする義理はない」

『……』

会話が途切れたので松本はオーロラの揺れる空に意識を向ける。30年前にこんなに南でオーロラが観測されたら地球中で大騒ぎになっていただろうが、フォトン・ベルトに突入してから丸20年目を迎えた今では光っていて当たり前なものとなっている。寧ろ出現しないほうが大問題である。

まぁ今じゃ観測する人も騒ぐ人もいないけどな、と松本は苦笑いをした。こんな外の世界を知っているのは松本を含めほんの一握りしかいないのだから。

『松本、麗しの”ユートピア”が見えたぞ。着陸態勢に入れ』

藤田の声で松本は我に返る。確かに松本達の目の前には”ユートピア”の外壁がそそり立っていた。

列島包囲級耐放射能スフィア”ユートピア”

それは日本に残された最後の砦。

2032年現在、地球は銀河の中心から伸びる光子の帯”フォトン・ベルト”の中を突き進んでいる。光子と強力な放射線によって構成されているフォトン・ベルトは、地球を生身のまま歩けない星へと変えてしまった。

世界各国はこれに突入する前に超巨大シェルターを建設し、そこに人々は閉じこもった。”ユートピア”もその中の1つである。

勿論それは科学力と経済力のある先進国でしか建設する事ができなく、発展途上国は軍事強化をしてそれを奪おうと躍起になった。中国もその例に漏れず、どうにか生き残った華人が旧式戦闘機を駆り出して日々”ユートピア”を強奪せんと飛来してくるようになった。松本と藤田はそれから”ユートピア”を守っている。

哨戒飛行を終えた2機が”ユートピア”外壁に沿って浮かんでいるメガフロートに降り立った。機体を格納庫までタキシングしてから無人整備器に後を任せる松本と藤田。その後疲れたと言いながら時計を確認した松本が唐突に叫んだ。

「やっべ! 冬季四天皇杯の録画するの忘れてた!」











「いけ! ピカチュウ! かみなりだ!」

「ピカッ!」

全国が注目する中、そんな言葉がカントー地方にある某スタジアムから発せられた。

トレーナーの出した命令をピカチュウが認識する。0.0000000172秒後にピカチュウの大脳皮質にある世襲式特殊効果付加技発生要求装置が、周囲に浮遊する汎用環境ナノマシンを通して”ユートピア”を治めるマザーコンピューター”HAL”にかみなりという技の特定座標上発現を求める。0.0029秒後に”HAL”は発現を承諾し座標を設定すると、その座標上を漂ってたナノマシンを使って静電気を発生させる。2.73秒後に電位差が空気の絶縁限界値を突破し、電子雪崩━━即ち雷━━が引き起こされた。

人工的に起こされた稲妻が相手のサンダースを穿つ。その様子を見て観客が色めき立った。が、もちろん彼らはピカチュウがかみなりで相手を攻撃したという事に興奮したのであって、決して雷を発生させるまでの超科学的プロセスに驚嘆したのではない。

というよりも彼ら、”ユートピア”が世界の全てだと思っている5000万人の一般市民は、このテクノロジーの事を全く知らない。更にポケモンのいるこの世界が元日本政府とRI社によって統治されている巨大シェルター内の超管理社会であるという現実も知らない。

彼らは”ユートピア”の中で生まれ、”ユートピア”の中で育ち、”ユートピア”の中で老い、”ユートピア”の中で外を知ることなく彼らは一生を終える。

全ては日本国民が生き残るためだった。全てを曝け出した場合、国民は常に閉塞感や終末感を与えられる事になる。それはいつの日か必ず暴動やテロなどの最悪のケースに発展するはずだ。この絶妙なバランスの上に成り立つ”ユートピア”でそのような事が起こればあっという間に人々を守る機能を失ってしまうだろう。

それならば虚構の歴史を教え情報を統制し、人々の意識をコントロールしてはどうか。

そのような案が通ったのも人類絶滅というシナリオがあったからである。そしてこの法案は2013年1月13日に満場一致で国会は可決してしまう。

勿論反対するものも多数いたが、同時に通った治安維持法で粛清されてしまった。だから今”ユートピア”にいる人間はその法案制定後に生まれた人間か法案擁護派の人間のみとなっている。

そんなディストピアで彼らは踊る。観客はなく、虚偽でない自由が来るまでクルクルとクルクルと。











「あぁ、なんで負けちゃったんだサトシ君……。くっそぉ〜大穴で狙ってみたのに〜! やっぱアニメのようにはいかないかぁ……」

「……当たり前だろ。大体” コントローラー”たる俺達がトトポケバを買う事なんてできないだろうが」

「分かってますって。だから新聞に予想を書き込むだけで我慢しているんじゃないですか。……だぁあぁあ!! ここでちゃんと技を当ててれば! よしっ! 次の試合は僕が”HAL”に乱数理論に直接入力して……」

「そんな事を考えるバカがいるから”コントローラー”が賭け事をする事は許されないんだ。”ユートピア”内に限った話じゃできない事なんて何もないからな。科学技術万歳だよ全く」

「……今日はえらく饒舌ですね」

「俺はサトシのやつにツテを頼って15万賭けていたんだ。これが喋らずにいられるか」

「どの口で僕を説教してたの!?」

東シナ海”ユートピア”沖2キロの地点に浮かぶメガフロート”草薙”の中央制御室で松本と藤田が暇を持て余していた。松本はコーヒーを片手に有機ELディスプレイに写し出された新聞を睨みながら、同じ銘柄のコーヒーを飲んでいる藤田と雑談をしている。松本の握るディスプレイには水性ペンで数々の呪詛の文字が書き殴られている様子からサトシの対戦相手に呪いを掛けていた事が分かるが、人を呪わば穴二つならぬ完全な自爆となってしまったらしい。藤田はその自爆に巻き込まれたというスタンスで松本に缶コーヒーを請求し、先輩命令に逆らう訳にもいかず泣く泣く350円を自販機に恵んでやるハメになった。

「うぅ〜。他の記事なんて事前に報告されてるやつばっかだしな〜。天気だってこれよか精確なのを送ってくるし。ユートピアで予想外の事なんてポケモンバトルくらいだよ……だから楽しませてくれよサトシ君! ついでに予想通りに動いてくれ! あれ、でもそれで予想通りに動いたら今の言葉と矛盾するな。……いいや、気分の問題だこれは! 勝て!」

松本の心無い声援に苦笑する藤田。それから彼は2012年付けの新聞に目を落とす。

「あれ? なんで20年前の新聞なんて読んでるんスか? 今日の新聞はこっちですよ〜」

「もう記事の内容は1週間分覚えている。お前が言った通り予想外の事など何もないから見る必要などどこにもない。だが……”ユートピア”が建設される前は違う。あの頃はいろいろピリピリしていたな。米中関係が悪化する中、日本はその板挟みになって……」

「あ〜政治のお話は止めてください。聞くと頭がパンクしそうです。……そういえばポケモンってその頃に発売されたんでしたっけ」

「赤緑は1996年だ」

「いえ、RI社製ALポケモンですよ。任天堂と提携して作ったやつです。今ユートピア中を跋扈……管理下においているのに跋扈って言うのかな。まぁいいや。跋扈している人工生命体ですよ。中のおバカちゃん達が人間よ別系統で進化したなんて考えているアレです。あの憎きオ・モ・チャですよ!」

松本は話をしている内に自分でトラウマに触れて勝手に興奮した。藤田は見てて飽きないなと思いながら答える。

「そっちの方か。あれは……俺が小6の頃だから2008年だな。そうだ2008年だ。初めて発表された時はビックリしたな。俺はピカチュウが欲しかった。まぁ1匹50万もしたからとても手が出せなかったが。親にねだりまくって困らせたのも今じゃいい思い出だ」

「……てことは今35か6か」

「お前は何を聞きたかったんだ?」

藤田が松本にヘッドロックをかます。可愛い部下はギブギブと叫ぶが簡単に愛のムチを止める気はない。

松本の顔がいよいよ青白くなった頃に天の救いか、警報が鳴り響いた。藤田は松本を放り投げるとコンピューターに状況を求める。それによると中国軍がまた性懲りも無く旧式戦闘機を繰り出してきているらしかった。

「またですか。有給貰いたいですよ本当に。てかどっからあんなに機体を持ってくるんですかねぇ」

無駄口を叩きながらしかし迅速に行動する松本。耐Gスーツを着用すると、先を走る藤田がそれに答える。

「あちらさんは日本がシェルター作っている内に軍事強化を図ったからな。自国じゃ民を守れるようなシェルターを作れない事を十二分に理解していたんだろう。その結果がシェルター保有国に対する宣戦布告だからな。ま、実際には戦争が始まる前にフォトンベルトに突入してそれどころじゃなくなったがな」

格納庫に着くと2人は”心神”に飛び乗った。彼らがキャノピーを閉めるとタラップが勝手に下がり、無人牽引車によって機体が滑走路へと運ばれる。

藤田達は牽引車が下がるのを待ってからタービンを回し始める。

『Ready for Take off』

了解ラジャー。ってこんな事しなくても別にいいんじゃないスか? 何も飛んでないようですし」

『そんなもん気分だ。しっかり付いて来いよ。玄関でお出迎えだ』

「Roger that! そうこなくっちゃ!」

アフターバーナーを入れ、巨鳥達は一気に空に駆け上がる。

「あ、ちなみに誰なんですか? そのツテって」

現場に向かう途中、松本は興味本位を装って聞いてみた。実際には1枚噛ませて欲しくて聞いたのだが。

『……藤田トオル。俺の息子だ』

「即婚!? まさか!!」

この後、松本は中国機と遭遇するまでアラート音に悩ませられる事になる。





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