街には既に避難命令が下され、領民が続々と王城に集まってきていた。だがたったの5分程度で少し安全なだけの王城に何人逃げ込めよう。実際に、まだ1万人以上が避難する道中にあった。

「くそっ! どうしようもないのか!」

レナがイタチの親子を城に誘導してから吼える。エアが伝えた情報によると敵が70以上の大軍で街に向かって来ていて、尚且つ司がどうしようもないとの事だ。

レナは打開策を考えるための情報を仕入れにエアの所に向かった。直ぐにエアを発見したので声を掛けようとすると、丁度司と通信をしている所だった。

『……他のF−5は飛ばせないの!?』

司の緊迫した声が、エアが無線と呼んでいた箱から漏れる。次の瞬間、レナはF−5にむかって駆け出していた。

レナはF−5の置いてある中庭に着くと、司がやっていたようにかぶとを被り、皮袋を口に装着する。冑はレナの知らない物質で出来ているらしく、思っていたよりも遥に軽かった。

ちゃんと全部装着すると上がっていたガラスの箱が下りてきて周りを覆う。同時に冑のガラスの部分に縦に平行な2本の線が現れ、数字とよく分からない文字の羅列が並んだ。

『……レナ様!? 何をしているのですか!? 今すぐ降りてきてください!!』

エアがレナの行動に気付き、無線で呼び掛けてきた。が、レナは逆に怒鳴り返す。

「今すぐこれの飛ばし方を教えろ! あと大通りからヒトを退かせ!」

『無茶です! 司がどうにかしますから降りてください! まだ説明をしていないので飛ばす事は無理です!』

「あいつは今日が初飛行だと愚痴ってたぞ! なら私に飛ばせないはずがない!」

確かに飛ばす事はできるだろうか、とエアは逡巡しゅんじゅんしていたがレナがそれに後押しをする。

「私の領民がこのままでは死んでしまうんだ! 頼む、行かせてくれ! それを黙って見ている事など私にはできない!」

それが決定打となる。

『……分かりました。ではまず大通りまでタキシング……スロットルは分かりますか? スロットルバーを少しだけ上げてエンジンに火を点けて下さい。そうしたら足のペダルで動かします。右足を踏んだら右へ、左足なら左へ、分かりましたか?』 

1度決めたらエアは早かった。一気に呪文を投げかけられてレナは情報を整理するのに少し時間が掛かったが、直ぐに言われた通りにする。領民を半ば蹴散らしながら城門を抜け、大通りの滑走路に着く。どうやって話を通したのか大通りには1人もいなかった。だがエアが無線と何かを使ってF−5のエンジンの轟音に負けない大声でそこにいたら末代まで呪います、と言っているのを聞いて1人納得するレナだった。

『はぁ……はぁ……司ではありませんが見苦しい所を見せてしまい、すみませんでした。それでは離陸準備に入ります。スロットルを最大まで上げてください。機体の速度が200マイルを……左側の数字が200を……アラビア数字、分かります?』

「何を言っているのか分からないが横の数字が200を超えたら何をすればいいんだ!?」

『操縦桿……真ん中の棒を引いて上昇してください。表示の真ん中にあるピッチスケール……縦の平行線の中にある沢山の線が分かりますか? 1つ1つに数字が付いているので60の所にウィスキーマークを……Wの字を……デコボコした表示を持っていきます! それ以上の角度だと墜落する可能性が高いので気を付けてください! 分かりましたか!?』

普通に説明できなかったのがもどかしかったのだろう。エアは最後の方は切れていた。

「分かった。やるだけやってみる。行くぞ!」

幸運を祈るGOOD LUCK!!』

レナはスロットルを叩き込んだ。機体が跳ねながら加速する。

「50……100……150……200!!」

速度計を見ながら呟き、時速200マイルになった瞬間に操縦桿を引いた。機首が上がり、沢山ある真ん中の棒が下にすっ飛ぶ。レナは棒の中に60の数字を見付け、中央のデコボコをその表示に合わせるようにした。

右側の表示が2000の数字を超えた所でエアから無線が入る。

『離陸しましたね。取り敢えず第1段階はクリアです。高度制限を解除しましたので水平飛行に移ってください。FCS……射撃管制を解除します。操縦桿に付いている赤いボタンが分かりますか? それを押すとミサイルが発射されます。ただ発射する前にロックをする必要があります。周囲に四角い表示がありますか?』

「待て……見えた。なんか赤くなったぞ?」

レナが機体を少し揺らしてから周囲を確認する。すると右前方に四角い枠が現れ、緑の表示から赤に変わった。

『それがロックです。そのミサイルは撃ちっ放しが可能なのでどんどん撃ってください。ミサイルの他に機銃もあるのですがそれはまた今度ということで。敵編隊到着まであと1分!』

「分かった!」

レナは赤いボタンを押す。直ぐにミサイルが大空に躍り出て哀れな獲物を追いかけ始めた。レナは竜の最後を見届けずに次の獲物を探そうとラダーペダルを踏み込む。そこでエアの通信がまた入った。

『何やってるんですかレナ様! 時間がもうないんですよ! 直ぐロールして方位210に旋回してください!』

「なんだそのろーるってやつは! 方位うんちゃらはどこを見ればいいんだ!」

『ロールは操縦桿を左右に倒して行います! 曲がりたい方向に傾けたら操縦桿を引く! それで高速で曲がれます! 方位はいまからレーザー攻撃を行うので爆発の起こった方向に行けという事です! 直ぐに右にブレイクしてください!』

エアの唱える呪文は分からなかったが、辛うじてレナは”爆発”と”右に”を理解する事ができた。

レナはエアに言われた通りに機体を傾けると右に急旋回ブレイクを開始する。

と、同時に白い光の筋が空を割った。遅れてその直下で爆発が起こる。あれがエアの言っていた事らしい。

レナはスロットル全開でその方向に向かった。直ぐに四角い表示が現れ、飛竜━━リービルカ航空機甲団のマルガラス級等兵━━を視認する。対地戦に特化した飛竜はその強大なファイアブレスの他に巨石投下などを行う事ができるので恐れられてきたが、今回のように火薬を運んでくるのは初めてだった。

「だが私の領民を傷つける事は許さないぞ。行けっ!」

ミサイルを発射する。それは過たず竜の胸を貫き内部爆発を起こした。竜は力なく地面に叩きつけられ、盛大なフィナーレを飾る。市街壁まであと30フィート。これぞ間一髪であった。

『ヒィィィィィハァァァァァァ!! って叫ぶ所だねここは。レナさん、お疲れ様。ナイスフライト! それにして見事に美味しい所を持っていかれたな。よし、レナさんのTACネームはエッジで決定。後はチョッパーとアーチャーを探さないと』

しばらく前から絶えず聞かされている声が無線から流れる。そのあまりの緊張感の無さに思わずレナは脱力した。司の機体が上から降ってきてレナの前に居座る。

「……なぜ私がここにいるのか……分かるか?」

『いや〜もうさっぱり。うん。事実あとあの爆竜だけで終わったし』

司は70もの小型の竜━━ベルバスト級等兵。軽快な動きができるように鎧の類を一切装着せずに飛び回る命知らずたち━━をどうにかやっつけたらしい。どんな魔法を使ったのかとレナは訝しんだ。

『連中、ある程度固まって突っ込んで来てくれたからそこに機銃を乱射してミサイル乱射して、ってやっていたら案外大丈夫だった。まぁクラフトからの攻撃で結構落とされていたけどね。さぁ〜て。このまま僕はハイテンションプリーズで行かせて貰うけど、お楽しみはこれからだよ? いまから行いますのは飛行機が落ちる場面ベスト1に輝く鬼門”着陸”! ではいってみよー!』

「待て待て待て待て。そんなの聞いてないぞ。なんで帰るのが鬼門なんだ。戦いが1番大変じゃないのか?」

『大変だった?』

「……」

確かに飛ぶのは大変だったが、落とすのはそれ程でもなかったな、とレナは思った。そんな時にエアの無線が入った。

『お疲れ様、ウォードック隊。着陸態勢に入ってください。今、グライドスロープニードルとローカライザーニードルを表示しますのでそれを参考にお願いします。大通りまであと2マイル』

『ブレイズ、了解Roger。着陸態勢に入る』

司が答える。レナが司のF−5を見るとギアが出てきた所だった。彼は高度を下げていくがレナは何をすればいいのか分からないので動く事ができない。

『こちらブレイズ。エッジ、もう降下を始めないと滑走路を越えちゃうよ。旋回して待機しているってんならいいけど』

「なんだエッジってのは。それより着陸? の仕方が分からない。教えろ」

『……あ〜。そういえばそうだったね。でも……どうしよ。着陸なんて僕も初めてっちゃ初めてだし。燃料は無くならないしなぁ。……じゃあちょっと飛ぶ練習でもしていて。解決策を見付けたら連絡するから。オーバー』

ちょうど通信が終わった所で市街壁の上を通過した。司の機体は機首を上げながら接地する。そのままF−5は直進し、王城の手前で静止した。取り敢えず着陸には成功したようだ。司がF−5から降りてからこちらに向けて手を振っている。

レナは安心して飛行を楽しむ事にした。考えて見れば少し形は違えど空を飛ぶという誰しもが子供の頃に1度は見る夢が叶ったのだ。これを楽しまずして他に何が楽しいと言えるのか。

狐の飛ばす鋼鉄の大鷲が雲海を突き抜ける。











「ヒュ〜。飛ばすねぇレナさん。最初であんなんやったら気絶するって」

司の言う通りレナは急旋回からスプリットS、ループにインメルマンターン、バレルロールにコブラに果てはクルビットまでやろうとしていた。

そんな航空ショーをしている空の下で地上の緊急対策班はというと……

「あれの部品が1つでもRI社以外のものでしたら空中分解してますね」

「だろうなぁ。……と、和んでいる場合じゃないね。どうやって着陸させようか」

「私的にはしばらくの間あのまま飛ばしていてあげたい所だがね。写真を国民にも配れる程度には焼き回しておきたい」

「ではオートパイロットによる着陸はなしという事にします。では他の方法でどう降ろしましょうか」

「おい!」

「助かるなエア女史。では今から焼き回しを開始する。メイ君、付いてきなさい」

「分かりました!」

実に賑やかに関係の無い事を話していた。早くも2人抜け出してしまったが。

「オートパイロットがあるなら使えよ!」

「いえ、あるにはあるのですが今、クラフトのエネルギーは底を尽いていて制御が出来ません。後6時間経てば使用可能になりますが……」

「その前に確実に着陸を試すね。レナさんなら」

もう少し御淑やかか奥床しいお姫様ならこんなに頭を悩ませないのに、と司は天を仰ぐ。ちょうど真上でレナのF−5がクルビットを成功させた。宙返りをしたコックピットにレナの笑っている姿を見たのは果たして気のせいか。

「……Su-37の専売特許じゃなかったっけ。クルビットって」

「あまり気にしないほうが心のためです。……すみません。レスキュー隊の中で1番速いのは誰ですか?」

司が空を見上げて呆けているので、エアが話を進めるべく近くの衛兵に聞いた。

「ん〜グレゴリーじゃないか?」

「いや、マルコだろう」

「ハインリーが1番速いぞ。ハインリーが」

いろんな国の名前がごちゃごちゃと並べられた後、1人の鳥人に白羽の矢が立った。

「クルーズがいいだろう。あいつより速い奴はいない」

「……トップガンときましたか」

「え?」

「なんでもないです。そのヒトを呼んでもらえますか」

衛兵が呼びに行く。しばらくして件の鳥人がやって来た。エアは種類を見て納得する。

「隼ですか……それならF−5に追い付け……るでしょうか」

「なんだか知らねーが俺よか速い奴は鳥人にはいねーぜ。まぁあの魔法の機械やクソ忌々しいトカゲには遅れるかもしれんが飛ぶ技術はこっちが上だ。クルーズ・オーディ。21歳独身! 世界最速のナイスガイさ。よろしく」

司とエアはクルーズを指差し同時に言った。

「「TACネームはチョッパーで決定」」

「なんだお前ら双子か? 片方は人間だからそれはないか。ナイスタイミングだなおい」

「いや、僕も一応人間なんだけど……」

「オイオイオイ! ちゃんとした狐だぜ坊や。そんなに自分を卑下するなって」

ハイテンション過ぎるハヤブサ鳥人に言葉がでない司。替わりにエアが説明をする。

「では今回のミッション内容の説明をします。その前に自己紹介を、私はエア。一応王子の付き人という事で……事実です。諦めてください。いつまでも気にしてはいけないのです。司、生きていればきっといい事があります。……失礼しました。続けます。あ、この狐は司。昨日人間の姿で紹介されましたが本当はこの姿なんです。で、クルーズ。いえTACネーム”チョッパー”。あなたにやってもらいたいのはレナ姫の救出で……」

「よっしゃやったるか! んがっ!? 何をする!?」

クルーズが最後まで聞かずに飛び立とうとしたのでエアは羽をむしった。痛みに悶えるクルーズ。司は小さく合掌する。

「話は最後まで聞きましょう。レナ姫を救出する事自体は非常に簡単です。ベイルアウトをすればいいだけですから。でもそれではあのF−5は墜落してしまいます。次の攻撃がいつ決行されるか分からない今、少しでも戦力は残すべきです。ので、あの機体に司を連れて飛んでいってください」

「「……はぁ? 無理無理無理絶対無理!」」

今度は司とクルーズの声が被る。が、そんな事を気にする場合ではない。

「お前、こいつを運んでけって!? 普通に飛んでも追い付けるか分からないのに!?」

「ナイスガイにできない事はないでしょう?」

「おうとも………………あ」

クルーズの反論を一言で粉砕するエア。

「僕は無理! ぜ〜たい無理! なんでそんな自殺行為を……」

「X−02を配備するよう頼みます」

「やった! モチやる! ……………あ」

司も簡単に落とされた。

「では準備をしてください。作戦名”白馬の王子様”は10分後に開始します」

エアが微笑みながら言った。

なんだか分からないが途轍もなくイヤな予感のする司とクルーズだった。





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