━━10分後

「これはちょっと……特攻をやれと」

「……なんで俺が男と体を合わせなきゃなんねーんだ」

『大丈夫です。先程レナ様に高度を下げて水平飛行を行うよう指示したので酸欠にはなりません』


「そういう問題じゃないんだけど……」

大通りで三度F−5がエンジンを温めていた。タキシングも終わり、後は離陸をするだけである。

今回のフライトの操縦担当はエアだった。そういえば彼女はアビオニクスであり当然の事ながら飛行機を飛ばせる訳で、先程の襲撃時にレナの替わりに出撃していても良かったのではないかと司は思ったのだが、エア曰くクラフトの攻撃制御だけで手一杯だったそうである。


座席でリラックスしているエアは操縦桿に手を触れず、ヘルメットも耐Gスーツもきていない。唯一いつもの格好と違ったのは目を覆うHMDのみだった。

『では出撃します。ミッション内容は先程説明した通りです。クリアランスは割愛します』


「ねーねー僕が地上でクリアランスするっておわ! やっぱ無理やっぱ無理降ーろーしーてー!」

エアは司の返答に出力アップで答えた。司は降ろしてと言っているがコックピットにはエアしかいない。司が乗るスペースは単座のF−5のどこにもなかった。

「やっぱり機体の外にいるのは無茶だぁあぁあ!!」

「そいつにゃ俺も同意だ」

司の叫び声がエンジン音に混じって周囲に漏れる。その音源は機体上部で、司とクルーズはそこにロープで括り付けられていた。桜花の乗員でももう少しマシな待遇だっただろう。彼ら自身もロープで括られていて、F−5から切り離された後にクルーズによって飛行が続けられるようになっていた。つまり、そういう特攻作戦である。

哀れな彼らを無視したエアの『離陸します』という声がイヤフォンマイクから流れる。それと同時に機体がスム加速を始めた。アビオニクスが直接操縦するだけあって司やレナが離陸した時のような振動はない。実にスムーズに大空へと飛翔を開始した。

「━━━━━━━━━━ッッッ!!」

「おい、大丈夫か司。この程度でヘタるんじゃねーぞ。いい風じゃねぇか」

時速300キロ超えの風が司たちを襲う。ハヤブサのクルーズには日常的なものかもしれないが元人間の司には未開の領域だった。呼吸もままならない。

『試………音………超………』


「………の……ま、……死……………」

空気の切り裂かれる音の大きさに自分の声すら聞こえない司。これではまるで会話になっていないが、気合でどうにか理解していると思い込む事にした。

『一、時………度を……3000…ト……昇…す』


「…め……!!」

さすがに何を言っているのか判別が付かなくなった。

F−5は上昇を続けた。やがて街が豆粒大になった頃、エアがエンジン出力を最小にする。刹那の静寂が辺りを包んだ。

「今から作戦をやめていい!?」

『手遅れです。今から直上降下を開始し、音速に達した時点でロープを切り離します。あとはチョッパーの腕次第です』


「おう、任せろ!」

クルーズが胸を叩こうとした。司がそこに吊るされていたので彼の胸に阻まれ、届く事はなかったが。

『では……行きます』


機首が真下を向く。最初はそよ風程度だった空気の壁が直ぐに暴風となる。その風により司は目を開けている事ができなくなった。

圧倒的な力の渦から開放されたのは司が気を失う直前だった。予定速度になったので2人を縛っていたロープが外されて自由落下を始めたせいだった。

「ヒャッホゥゥウゥゥウ!! 行くぜロックンロォォォォオル!」

ハヤブサは翼を広げ姿勢を安定させる。司にはまだ見えないがもうレナの乗るF−5が見えているらしく、一直線に降下していく。

「だぁあぁぁぁあああ!! なんで僕ばかりぃぃいぃぃぃい!」

司の不幸に関してはご冥福を祈るしかない。

時間にして数十秒降下した所で前置きなく水平飛行に移る。慣性の法則に従いクルーズの腕に締め上げられた司の目の前に目標があった。

クルーズは速度を上げ、コックピットの真上で平行移動を開始する。するとキャノピーが上がり中からレナが腕を伸ばしてきた。

「話は聞いている! 落としていいぞ!」

「了解レナ姫! これより白馬は王子様を投下します! 良いハネムーンを!」

「えっ!? 投下なんて聞いていなぃ……ぎゃぁぁあぁぁああぁあぁあ!!」

クルーズが司を空中に放り出す。予定では縄を使いゆっくりと、と聞いていた司にとっては完全な不意打ちだった。もしレナが並みの瞬発力の持ち主だったなら、司は後1000フィート程空中散歩を楽しめただろう。勿論片道切符のではあるが。

この行動の結果、司は半ベソでレナにお姫様抱っこされる事になった。

「いやぁお前の世界は凄いな。こんな楽しいものがいっぱいあるんだろう? いつか行ってみたいものだ。……………大丈夫か?


キャノピーが閉まり普通に話せるようになるとレナが嬉々として言ったが、司はガクガク頷く事しかできなく、情けない行動を容認し情けない質問をされる事になった。

司の男としてのプライドを核爆弾で粉砕するのに一役買ったクルーズは、敬愛するレナ姫に敬礼をしてから街へと進路を変えて飛び去った。

「ほら、しゃんとしろ司。いつまでもここにいる訳にはいかないだろう?」

「う、うん……でもこの格好はどうにかならないかな」

司は依然としてレナに抱かれたままだった。彼女の甘い香りと背中に当たる感触が司の精神を責めたてる。レナはようやくそれに気付き赤面するが、逆に開き直った。

「こ、このF-5には場所がないからな。しょうが、ない」

「……どもりながら言われるとこっちも凄く恥ずかしいんだけど」

「……」

「……」

気まずい沈黙。しかも体を密着させているため余計に始末に負えない。

この後しばらく無言で動けなかった2人だが、ジレったくなったという体のクルーズからの無線が入った。

『あ〜あ〜こちらクルーズ。あ、チョッパーだっけTACネームは。やり直し! 今のやり直し! ……あ〜あ〜こちらチョッパー。お2人さん、そんな小ッ恥ずかしい事していないで早く帰ってきたほうがいいぜ。2人の写真やら新聞やら今の機内の会話やらが飛び交っていて街が大変な事になっているからな。一部の野郎共がレナ姫奪還のために司の暗殺計画を練っているほどだ。さっさと事態を収拾しないとクーデターや革命が起こるぜホントに』

彼の無線内容により機内のピンクの空気が掻き消される。司はレナに抱っこされたまま操縦を開始した。スロットルを八つ当たりするように叩き込み、アフターバーナーON。音速飛行に移る。

「ブレイズ了解。今すぐ帰投する。お願いだからなるたけ穏便に済むようにしといて」

『いや〜こんな面白、じゃなかった由々しき事態を俺がどうにかすると思うか?』

司にはクルーズがどうにかする男には思えなかった。むしろ助長するお祭り男なはずだ。

「……誰かこの哀れな僕に休みをくれ」

ため息を吐き愚痴った司をレナは少しの慈しみを持って撫でる。

「休みなんかないぞ。むしろ今からもっと大変になるな。だがその時は一緒だ。力を合わせればきっと大丈夫だ」

「レナさん」

「なんだ?」

「……恥ずかしい」

「……」

『再び機内は沈黙とピンクに満たされたとさ。ダメだこりゃ。誰かこの際限なくベタで恥ずかしいバカップルをどうにかできる奴はいねぇのかな』

「「チョッパー、戻ったら覚えていろよ」」

『……あ、ヤッベェ! 無線入れっぱだった!』

F−5は一直線にパクスへと向かう。











「さて、御膳立てはできた。そろそろ取り掛かるかとするか」





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