昨日から始めた突貫工事により完成した滑走路に向けて、司とエアはゴシック調の廊下を話しながら歩いていた。今後のRI社との取引材料についてである。司は貴金属と石油があれば御の字だと高を括っていたのだが……

「へ、ヘリウム3〜!? こんな世界に!?」

「そうです。しかも埋蔵量は月の10倍。更にカーボンナノチューブも100万トン単位で存在しています」

司が腰を抜かさんばかりに驚くと、エアが笑いながら答えた。

「……とんだ金のなる木だな、ここは。トムおじさんに知られたら大変な事になるだろうね。ま、そん時はそん時だ」

「そうですね。それにしてもちゃんとした滑走路ができて良かったですね。これでアクロバット離陸をしなくても済みますよ」

「ブっちゃけたった1日で作ったから強度が心配だけどね。それっぽく見えるだけマシか。F−5は軽いから大丈夫だと信じたいね」

十字を切りながら司はそううそぶく。そんな会話をしていると目的の飛行場へと辿り着いた。城壁の一部をくり抜いて作られた滑走路は四方に広がる小麦畑をバックに空へしっかりと伸びている。そこで12人の戦士達が司達を待っていた。

「やあご機嫌麗しゅうウォードック隊の諸君! 俺が隊長の司だ! 早速……レナさん、クルーズ、ウィロー。頼むから笑わないでよ」

司が戦闘機乗りとして格好を付けてみたファーストインプレッション重視の挨拶をすると、レナ等が普段の司とのギャップに耐え切れなくなり、吹き出したり噛み殺した笑い声を上げたりした。既にイメチェンを失敗したようである。

続いてエアが「AWACSのエアです。よろしく」と無難に挨拶をすると間髪を入れずに司はブリーフィングを開始した。

「……ごほん。では訓練を始めます。え〜、発表した時に配ったマニュアルは読みました?」

一同が頷いたので司は満足そうに笑う。

「お、いいね。予習すれば憂いなし。という訳で飛ばしましょう!」

「「早いって!!」」

座学も無しに飛ばさす気かと一同ツッこむ。

「いやいや、マニュアルなしの口頭でレナさんは飛ばしていたし。お姫様が飛ばせて他の人が飛ばせないな〜んて事は……単純だねあの人たち。なんか凄く空戦するのに向いてなさそうなんだけど」

「気にしてはいけません。素直で素朴な人たちだと思いましょう」

我先にF-5に向かって走り出したウォードック隊単純な人の面々に呆れながら司が呟くと、エアが彼らのフォローをした。

「それで……今から彼らのバックアップに私の87パーセントの機能を使います。ですのでレーダー等の効果半径がかなり縮まりますがいいですか?」

「いいよ。そんな昨日の今日で攻めてくるほど余裕は向こうにもないでしょ。じゃ、しっかりサポートしてね」

了解ラジャー。幸運を祈る」

「訓練で大袈裟だな」

苦笑いしながらF-5へと駆けていく司。エアには太陽のせいでとても眩しく見えた。











司が格納庫に着くとレナが他の面々に乗り方等を教えていたのだが……

「……だから……ぐぅぅぅぅぅぅう何故分からないんだっ!」

どうやら細かい事を教えるというのが苦手ならしくマスターアームスイッチが入っていたなら周囲に甚大な被害が出ているであろうという体だった。

「れ、レナさんは何を教えているのかな〜」

司が竜の逆鱗に触れないようにレナに聞いてみるとギロリと睨まれる。

「……操縦の仕方だ」

「え、別に難しい事なんて……」

司はレナからF-5のマニュアルを貰うと中を見た。特にこの世界に無い単語と思しきものがある訳ではないので、十分に理解できるはずだ。それもそのはずで、このマニュアルは司とエアとレナでそれなりに苦労してこさえた物である。それが理解して貰えないのがレナが怒っている原因だろう。

「いやですね姫? このマニュアル自体は理解しているんですよ? ですがここに書いていない物が沢山書いてありまして……」

今までレナに怒りの矛先を向けられていたクルーズが勇気を振り絞って進言した。レナがまだ言うかと噛み付かんばかりになったのを司が必死で抑える。

「どー! どー! 落ち着いて! レナさんは実際に機体を見た! なんにも変化なかった!?」

「そんな1日2日で内装が変わって堪るか!」

何を言っても無駄なようだった。

だがレナの馬鹿力を司が抑えきれなくなる瞬間に問題が解決する。

「随分と騒がしいわね。こっちは作業に集中しているの。黙っていて」

格納庫の1番奥にあるF-5の方から透き通ったソプラノの声が流れてくる。その声にウィローは心当たりがあったらしい、声の主の名前を言った。

「ミーシャ姐さん!? なんでこんな所に」

「なによ、いちゃ悪い?」

そう言いながら奥から現れたのは猫の獣人だった。手に腕の長さほどあるモンキーレンチを持っていて、それをペン回しの要領でクルクルと回しながらこちらに歩いてくる。

「……誰?」

全く面識の無い司はともかく、他のヒトは全員彼女を知っているようだった。司の呟きにレナが答える。

「ミーシャ・アジモフ。我が国1の科学者もとい変人だ」

レナの顔は苦虫を噛み潰したようなものになっていた。あまり仲がよろしくないらしい。

「あらあら姫様。随分なお言葉、誠に有難く頂戴します。こんにちわ、可愛い王子様。モルタージュ1の変人のミーシャです」

「あ、どうも」

レナの皮肉を真っ向から受け流してミーシャは司に握手を求めた。妖艶な雰囲気を持つ彼女は、レナと違った意味で美人である。

「……握手はそれくらいでいいだろう。司から離れろ」

ミーシャが司をジッと見つめてなかなか離れなかったのでレナが痺れを切らして間に割って入った。ミーシャはきゃっと笑ってレナをからかう。

「あ〜ら天下無敵のレナ姫がただの変人にジェラシー? 昔は本当の意味で男勝りだったのに女の心なんて持っていたのね。私、ビックリしちゃったわ」

「黙れ。今は私とミーシャの立場は違うんだ。分を弁えろ」

「きゃ〜! 皆のレナ姫の言葉とはとても思えないわ! 聞きましたか王子様。これがこの女の本性ですわよ」

「おい、表へ出ろ」

1国の姫に対する態度ではないミーシャにハラハラさせられる司だったが、他のヒトはまるでいつもの事だと特に止めようとする気配を見せなかった。

「そりゃぁ姉妹喧嘩に巻き込まれて死んじゃいましたなんて洒落にもなんねーからな。触らぬ女に訴訟なしだぜ司」

クルーズが簡潔に彼女たちの関係を説明する。が、明らかにおかしい点を司が突いた。

「姉妹って……種族が違うじゃん」

「あ? そりゃ元は孤児院にいたからだよ。2人ともな」

どんだけあしながおじさんやってるんだよと司は突っ込みたかったが、それなら自分はガリバーだと言われかねないので黙っている事にする。ガリバー旅行記はこの世界にはないはずだが、ヘルプッ! があったくらいだから無いとは言い切れない。

「それよりよ、本当にF-5の中が変えられているんだ。このままじゃ全っ然分かんねぇんだ。教えてくれよ」

「そんなに変わったりするかなぁ」

クルーズに連れられてF-5を覗き込んでみると確かにまっ平らだった計器盤にスイッチの類が大量に設置されていた。1つ1つに英語で何のスイッチかが書かれているので司は読む事は出来たが、クルーズたちには無理だったらしい。

「エア〜? これはどういう事〜?」

遅れてやってきたエアに司が問いかける。これでは頑張って作ったマニュアルが全く役に立たない。

「……実はマニュアル作成が佳境に入った所で連絡がありまして……以前の機体ですとギアのアップダウンからマスターアームスイッチのオンオフまで私が全部やる仕様だったんです。ですが現実問題としてそれではAWACSとしての役割を十分に発揮できません。ですので各機で全ての操作が出来るように改造しろとの事でした」

「4、48時間経たない内にこれだけ改造したの!? ……大体なんでそん時に何も言わなかったのさ」

司が呆れて聞くとエアがシャアシャアと「最初からマニュアルを作り直すのは面倒だったからです」と言った。

「……そういうのは良くないと思うよ。ほら、エアは機械なんだから1人で徹夜して作り直すとかさ」

「たった今人権を侵害されました。私は繊細な心の持ち主なのでそれ相応の賠償を請求します。そうですね……新しいマニュアルは1人で作ってください」

「汚っ!?」

こちらもこちらで口論になり、段々罵倒する言葉がエスカレートしてくる。遂にはこの世界に来た事を相手のせいにし始めて収拾が付かなくなった。

この現状を見てクルーズがウィローに耳打ちする。

「……これが俺たちのトップだぜ。とてもじゃねーけど労災が下りなかったらやってらんねーな」

「全くッス」

「「「聞こえてるぞ」」」

自分たちの悪口に非常に敏感なトップたちであった。





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