司等の血の滲んだ(主に司の血である)努力の結晶である戦闘機用のマニュアルが全く役に立たない事が判明したので、レナの時と同じように口頭で訓練する事になった。

『お前がちゃんと指示できるか、私としては大いに不安だがな』

「ならお手本をどうぞ。1国の王女であるレナさんなら、さぞ完璧な指示ができるんでしょうね〜。……そこら辺どうなの、モルタージュ国民の皆様?」

レナの軽口に司が軽く流す形で答える。が、その時に僅かにレナの詰まった声を聞いたので、試しにクルーズ等に聞いてみた。

『あー……この前の演説を聞く限りは……ウィローにパス!』

クルーズがバカ正直に答えようとしたが、際どい所で無線越しに伝わる殺気に気付いたのでウィローに責任転嫁をする。

ウィローはクルーズほどバカでは無いので静観を決め込もうとしていたのだが、バカに見事に巻き込まれてしまった。

『ぇ、俺ッスか!? あわわわ別にレナ姫が何度も原稿を間違えたり、王さまがワザとすり替えた恥ずかしい内容の原稿を読んでしまって赤面したりとかはってぁぁあぁぁああぁあ!?』

「それはそれは……さすがだね、レナさん」

『ウィロー……空はとぉぉぉぉっても危ない場所だからな。せいぜい気をつけろよ』

完全に虚を突かれたウィローが余計な事を口走る。もっとも司にはそれがワザと言っているようにしか聞こえなかったが。

そう思ったのは司だけでなかったらしく、レナは離陸後直ぐにでもウィローをとす気になったようだ。

「はいはい。おしゃべりはそこまで。ミーシャ、このスターターってスイッチを押せばいいんだよね?」

『そうですわ。と言いましてもその機にはスターターの必要が無いので、待機中に間違えてスロットルを押して動き出す事の無いようにという安全弁的なものですが』

要するに車のキーね、と理解してから司はスターターのスイッチを押す。するとエンジンがアイドリングを始めた。もっともイオンエンジンにアイドリングが必要なのかは司には分からなかったが。

「ま、なるべく実機に近づけたという事でいいか。ウォードック隊の皆さん、ちゃんと付いてきていますか!? 滑走路にタキシングしますよ〜!」

『分かった』 『OK!』 『了解ッス!』

保育園の先生よろしく司がそう言うと、これまた保育園のように答えが返ってきた。こんなにヤンチャな子供がいたらさぞ先生が大変だろうと思いながら、少しだけスロットルを押し出す。

「……って僕の事じゃん、先生って」

『どうした?』

「別に〜」

先生が小さく言っただけなのに、レナちゃんは本当に目ざといね━━なんて言ってみようとしたのだが、ウィローの後に予約を入れるのはどう考えても自分の得にはならないので、はぐらかす事にした司であった。

4機のF-5がゆっくりとハンガーから姿を現す。そして乾いたばかりのアスファルトの上を、低速でタキシング・ウェイを滑走した。続いて後続機が続々と現れる。

『離陸する前にアーミングエリアに行ってください。兵装の安全ピンを抜きます』

エアが土手に囲まれた場所への誘導を司に指示した。司はそれに従い、真っ直ぐ滑走路に向かわずにアーミングエリアへと進路を変える。

『? アーミングエリアとはなんだ?』

レナが司に質問する。

「離陸する前に機体のチェックや兵装を使用可能にしたりする所の事だよ。このチェックはラストチャンスって言われてるね。離陸してから異常に気付いたらアウトだからかな? あ、チェックして貰っている時は両手を機体の外に出してあげていて。搭載兵器が撃てるようになっちゃうから、スイッチを押していないってアピールする必要があるの」

『この前はそんなまどろっこしい事をしなかったじゃないか』

「エアが全部自動でやってくれていたからね。だってギアダウンまでやっていたんだよ? ま、それだと彼女の役不足が浮き彫りになるからっていう事からの配慮だろうとは思……」

『司……別に私が全機体の制御が出来るという事に変わりはないんですよ?』

「……わないよ! エアの負担をこっちが勝手に軽減しようとしただけでね! 彼女が優秀なのには変わりが無いのさ! ハハッ!」

『気持ち悪いな』『キモイです』『右に同じ』『同上ッス』
   
「なんか今日は集団攻撃が酷くない!?」

確かに酷いといえば酷いのだが、自業自得の感はある。

そうこう言い合っている内にアーミングエリアに入った。すると土手の脇からワラワラとヒトが集まって来る。

司がキャノピーを開けて両手を外に突き出したので、レナたちもそれにならって手を突き出した。

様々な種類のヒトがなにやら機体をいじり回る。しばらくしてその内の1人が司に叫んだ。

最終チェックラストチャンス、OKです!」

「サンキュー! じゃあ行くよ〜!」

司はF-5のキャノピーを閉める。ロックを確認し、今度こそ滑走路へとタキシングを始めた。

「トリムよし、フラップよし、ハーフ位置よし、酸素よし……てか全部の項目が緑だから大丈夫だろ」

タキシングをしながら司は項目をチェックしていく。だが、彼の中でまだよく分からない単語が存在しない訳では無いので、適当な所でチェックを止めてしまった。

『そんなに適当でいいのか?』

案の定レナに突っ込まれる。

「いいよ後はエアがやってくれるからさ。エア、滑走路に着いたよ。離陸許可を請う」

『離陸を許可する……司のチェックはしませんが』

「マジで!?」

滑走路に着いたのでエアに許可を求める司。許可は無事出た事には出たが、命の保障は無いらしい。

「冗談キツイな。ま、いいか。Roger. 離陸を開始する」

司はブレーキを踏み込んで、スロットルをアフターバーナーの手前まで押し込んだ。

F-5が徐々に加速を開始する。この前の離陸の時を考えると、今回の振動は微々としたものだった。

「滑走路の作りはちゃんとしているみたいだし……いい仕事するじゃん、モルタージュの皆さん」

『当たり前だろ! 俺たちは優秀なヒトの集まりだぜ!? ラビラクトもリービルカもドーンと掛かって来いってんだぁ! ぜってぇ負けねぇからなぁ!』

クルーズのノリの良さに思わず笑ってしまい、司は操縦桿を思い切り引いてしまった。

「うわっち!?」

まだ離陸出来る速度では無かったが、F-5のアビオニクスが勝手にアフターバーナーを焚いて無理矢理離陸する。そのまま安全な高度まで急速上昇した。

「せ……背骨が……こ、こんな風に離陸するんだ。皆も一気に昇ってきて」

『……私たちは普通に離陸するぞ。もし体をきしませたい奴がいるなら話は別だが』

『……普通に離陸するッス』

司が無理な機動の代償として得た体の痛みを堪えながら指示をすると、レナが白々しい指示を上乗せした。勿論Mでは無いウォードック隊の面々はレナの方に従う。

「酷い……隊長は僕なのに。大体こんな機能を入れたんなら最初に言ってよっての! おかげで大恥掻いたじゃんか!」

ゆっくり安全に地面を離れ始めた機体を見ながら司はエアに言った。

『大丈夫です。既にいるだけで大恥掻いていますから』

「うぅ」

司はエアに手酷く返されて言葉が出なくなった。その事実を払うように明るく訓練開始を宣言する。

「ウォードック隊、ついて来てる〜? どうだ飛行童貞処女諸君! 空は気持ちいいだろう!」

『こちらエッジ。ついていってるぞ。ついでにミサイルロックもしっかりしてある。是非回避の仕方を教えて欲しい所だな、教官殿?』

「やだな〜、ちょっと調子に乗ったっていいじゃない。それじゃなくても今の今までイジメられてたんだからさ。テンション上げるには……え、ちょ、待っ!? ホントにアラート鳴ってるし!? 死ぬ!」

司とレナのコントに初飛行の緊張も解けたらしい。後続の新入りたちも談笑をしだす。

司はその談笑に加わって平和に時を過したくなったが、後ろのレナがロックを外してくれないので叶わなかった。

だが、いつまでも屈辱的なこの状況を甘んじている気は彼には無い。

「ウォードック隊! 今から空戦機動ってのをやるから見といてよ!」

司は言うなりF-5の機首をグンッと天頂を刺すように上げて、機体を急速に失速させた。

「うわっ!?」

ほぼ真後ろにくっ付いていたレナは慌てて司のF-5を避ける。司の機体はレナの後方へと流れていった。

「何考えているんだ! 危ないじゃ……そういう事か」

レナが司に文句を言いかける。が、それを甲高いビープ音が遮った。

ミサイルロックの警告音である。

『ふっふ〜ん。やりました』

司が鬼の首を取ったように優越感に満ちた無線を入れてきた。レナは鳴り続けるアラートを消そうと、右へ左へ機体を動かしてみたが、それで振り切れるような相手では無い。

『これがミサイルロックの回避方法だよ〜。じゃあレナさんの番だね。やれるもんなら……だけど』

「くっ……見てろよ」

屈辱的な挑発に掛かったレナが司と同じようにコブラを繰り出した。

これで司の後ろにつける! とレナは思っていたのだが、そこは司の方が1枚上手である。

『はいはいウォードック隊の皆さん。本日最初の教訓ね。……戦闘機乗りは常に冷静に。全体の状況を逐一分析して効率的に動く事。あと相手の行動に振り回されない』

「ぐっ」

挑発した時点でレナが乗ると予測していた司は十分に速度を落としていたので、前に押し出される事は無かった。エースコンバットでオールSを取った実力は伊達ではないらしい。

『あと今のがオーバーシュートね。相手を引き付けておいて徐々に速度を上げる。で、相手が速度を上げてきたらエアブレーキを掛けながら急旋回。相手は止まりきれずに前に飛び出ちゃうってものね。今のはそれの上級版かな? エスコン4でも黄色の13番がいきなりやってきてさ。まさかコブラの機動があるとは思っていなかったから見事に前に押し出されてミサイルだよ。高速バトルを展開していたのが運の尽き……』

司の話はまだまだ続いているがレナは聞いていなかった。

彼女は機体を右にロールさせる。司が『まだやる気〜?』と余裕をかましていたが無視した。

右を向いたら地面となる所までロールをした後、旋回を開始する。

と、見せかけて右ラダーを蹴りこみ、スロットルをMIN最小まで引き上げた。

にわか揚力を失ったレナのF-5がほぼ垂直に落下する。ただ旋回するだけだと高を括っていた司は、この機動についていけなかった。

レナは直ぐに機体を立て起こし、司の後ろにぴったりと付く。

「本日の教訓、その2だ。油断するとこうなる」

『F-5で木の葉落としなんてするなぁ!!』

モルタージュの空はまだ平和である。





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