その後1時間程、司は新入り達に通常飛行や空戦機動を教えた。皆事前に学習をしてきたという事もあったが、彼らの飲み込みも早く、離着陸をエアのサポート無しで行えるようになっていた。
事が発覚したのは訓練を切り上げ、司を含めた4機を残して、後は着陸した直後だった。
『! ウォードック隊! 方位090に機影! アンノウンは亜音速で
突然の報告に少し呆気に取られた司だが、直ぐに操縦桿を倒して言われた方位へと機首を向ける。
「せっかく衛星があるんだからもっと早く気付いてよエア〜」
『ウォードック隊のサポートに回っていてレーダーが使えなくなると言ったはずですが!?』
「う……切れながら言わないでよ。悪かった!」
かなりの剣幕に引いてしまう司。たまにキレる人の方が怖いとはこの事だろう。
エアの失態はともかく、パクスを守らない事にはウォードック隊を作った意味が無い。既に着陸してしまった者は今回はお預けという事で、今空にいるメンバーで迎撃する事にした。
「ウォードック隊! 迎撃に向かうから付いて来て! 全機反転!」
『いきなり実戦かよ!? 冗談キツイぜ』
慌てて反転したクルーズがぼやく。レナは既に実戦を経験しているが、そうではない彼らにとっては寝耳に水だ。
が、司は聞く耳を持たず、「チョッパー、レナさんも一緒だったんだから。……それにこの世界で飛ぶのってドラゴンくらいでしょ? 亜音速ってのが気になるけどこっちは音速なんだから大丈夫だよ」と
『俺も司くらい楽観主義者になりたいッス』
「悲観的に生きるより何倍もマシだよ」
ウィローの皮肉への切り返しには1行も使わなかった。
『クルーズ、ウィロー。おしゃべりは終わりにしろ。これからが本番だからな。司、先導を頼む』
『ウィース。了解ッス』『了解ッス。……クルーズ、なんか被るんで最後にスは言わないでくれ』
軽口はお国柄のようで、お姫様の命令にも従えないらしいなと司は思った。
「了解。あ、別に軽口は好きだからいいよ。お固くなんなくてもさ。でもTACネームはちゃんと使ってね。僕はブレイズ、レナさんがエッジ、クルーズがチョッパー、ウィローがアーチャーだから。ダイヤモンドフォーメーションになって!」
司が命令すると司のF−5を先頭にひし形に戦闘機が並んで飛び始めた。
「よし、アンノウンを迎撃する! 行くよ!」
『エッジ、
『チョッパー、
『え、えっと……ウィロー……』
「アーチャーだよ」
『アーチャー
全員が出撃の合図を終える。間髪入れずにエアが言い放った。
『ウォードック、
アフターバーナーの排気を
*
「お楽しみは、これからだ」
通話を終え、携帯をしまいながらミスターRは楽しそうに言った。
*
獣人の多く住むモルタージュとドラゴンの多く住むリービルカを隔てているのは、この世界ならどこにでもあるようなただの森林地帯である。だが地球上でこの森に対抗できる広さのある場所といえば、アマゾンなどの名だたる密林地帯しかない。それであってもこの広さに太刀打ちできるかは分からない程である。
こんなに広くても”ただの”が付くんだもんねぇ。おかげで酸素濃度は地球よりも高いかもしれないなと司は思った。
「それにしても無駄に広いな。さすが国境」
『まぁ、このくらいの広さならドラゴンも飛べない事も無いからな。事実この前も攻められた訳だが……』
司の呟きにレナが答える。
「ん? じゃあなんで国境として機能しているの?」
『あぁ。この森にはドラゴンの嫌う虫がいるんだ。潜鱗虫といって鱗のある物に食いつく寄生虫でな。普段はこの森に自生するドラゴン桜に食いついているんだが……』
「ぶっ……待て待て待て待て。この森は龍山高校の私有地だったりするの?」
前に流行ったバカ高から東大を目指すという話の漫画とドラマの名前が出てくるとは思ってもいなかったので司は吹いてしまった。
勿論そんなものなどレナが知る由も無い。
『なんだそれは。ドラゴン桜というのはその名の通り竜の鱗のような模様を持つ桜だ。春に一斉に花が咲いて、上空から見ると綺麗なんだそうだ。鳥人たちの間ではその上をカップルで飛ぶのが春の風物詩となっているな』
「そうなの?」
『おうよ。俺も毎日相手を替えて……』
司の問いにクルーズが答える。その最中にウィローがチャチャを入れた。
『コイツ今10股ぐらいかけてるんスよ。しかもその中に同じハヤブサの子がいるからバレたら殺されると思うッスよ〜。時速300キロで延髄切りなんてやられた日にゃそのまま昇天してしまうッス。まぁ、その子にだけは気付かれていないらしいッスけど』
ウィローの言葉にクルーズが一瞬ウッと詰まる。
『ケイティの事か。あれに手を出したのが俺の運の尽きだった。……可愛いんだよ! ルックスは抜群なんだよ! だけど古いタイプのハヤブサだから浮気を許してくれないんだよ! 婚約した訳じゃ無いんだけどな』
「今度はトム繋がりと来たか……パクリ放題だね、この世界は。ってか浮気はダメだろ」
笑いながら司が言うと思わぬ所から反論が出る。
『いや、浮気自体は何も悪い事は無いぞ。それが生物が子孫を残す事には必要な事なんだからな。別に1対1じゃないといけないという事は何も無い。もしそう決められたのなら、滅んでしまう生物は山のようにいるだろう。浮気をするな、とは私たちのように安定して繁殖が出来る者だけなんだ。それこそヒトの倫理という物かな』
その言葉の出所はレナだった。彼女はお姫様という地位に甘んじる事なく、しっかり勉学にも励んでいたのだろう。
司が以外に博識だなぁと感心したり、クルーズがそうだそうだと相槌を打ったりしたのだが、ウィローはまた別の捕らえ方をしたらしい。
『って事は姫は浮気容認派なんスね。良かったじゃないッスか司』
「『っな!? なんでそうなる!』」
『『おぉ、ハモった』』
臣下に笑われて黙る王族の二人。これでは友達との会話である。事実クルーズとウィローはそのように感じているのだろう。
気まずくなった司とレナは黙り込んだ。二人は公式には婚姻状態にあるようだが、両者の間にそのような感情は今の所無いし、実際には政略結婚である。まさかそのような事をこの場で言う事はないが、司は人間以外は範囲外であったし、レナも緊急時の司ならともかく、普段の煮え切らない態度は好みでは無かった。
と、レナが急に思い至る。少なくとも緊急時の司を頼もしいと感じている自分の存在がある事に。
(……頼もしい……か?)
からかわれて沈黙を保ち続けている司機を横目に見ていると、何かを間違えて捉えているなと思ってしまうレナであった。
(それに司の方も私の事が好きでは無いだろう。同種の者としか交わらないという考えを持っているからな。最初に会った時など”化け物”だったし……それを抜きにしても無理矢理こちらに縛り付けているんだ。好意を抱く方がおかしい)
王族としてヒトを思う事を教えられてきたレナにとって、司に対する罪悪感は相当なものだった。それが彼らの間に壁を作る。
彼は私をどう思っているのだろうか、今まで考えなかったような言葉がふと脳裏に浮かんだ。
大人びているといっても所詮は17歳、ヒト型になるに当たって発情期なるものを捨てた獣人も思春期の真っ最中である。しかも友好的に接してくるといってもやはり王族と臣民の溝は大きい。よって根本的な所で彼女はいつも孤独だったのだ。
そこに無遠慮に突っ込んできたのが司である。彼の世界には王族への礼儀というものが無いらしく、全く普通に接してくる。それが新鮮であり、またレナが今まで考える必要が無かった事を考えさせるに至った。
「つか……」
『ウォードック隊、おしゃべりはそこまでです。アンノウンまで残り3マイル。臨戦態勢に入ってください』
レナが司に問いかけようとした時に申し合わせたようにエアから無線が入る。
『了解。……レナさん、今呼ぼうとした?』
「……いや」
司が問いかけてきたが一度口を閉ざしてしまうと聞くのが急に馬鹿馬鹿しくなった。……もっと正確に表すと恥ずかしくなったというのが8割方だが。
『ふ〜ん。ま、いいや。全機、マスターアームスイッチON。威嚇射撃無しで問答無用だからね。さっきまで教えた通りにやれば大丈夫! 後は各自の判断で行動! ユーコピ?』
『ノーコピ。司……通じる訳無いでしょう。日本だったとしても100人に聞いてようやくというネタを』
『一回使いたかったの』
言うと司は戦闘上昇を開始した。レナたちもそれに合わせて散開する。
「
十分に上昇し、太陽光を反射する敵を眼下に捉えると、司は一気に戦場へと突っ込んだ。
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