アポスシステムは地球サイズの惑星なら100パーセントの領域を監視下に置けるRI社の超兵器である。1つ1つの衛星が砂粒大しかなく、しかもかなり間隔を開けて軌道上を漂っているため、核ミサイルを全球から数百発ほど宇宙に打ち上げるようなバカをしない限り機能を維持できる。

機能面も申し分が無く、その小ささで地上をセンチ単位で監視をする事ができた。勿論雲の透視も可能だ。全て遥の設計である。

だが、システムは大きくなれば大きくなるほど不具合や予想していなかった事態が発生しやすい。この場合も、エアが一旦切ったアポスシステムへのリンクに手間取っていた事が原因だった。

司が楽しそうに開戦を宣言した直後にデータリンクが完了する。続々と入ってくる現地の気象や機体の状況などを元にエアが指示を出そうとした。

その時、司等の機体以外からレーダー波が発せられている事にようやく気が付く。

「……ドラゴンじゃない!?」

すぐに司たちに警告を送ろうとしたが時既に遅し、敵から最初のミサイル・・・・が発射されていた。











『WARNING! MISSILE!』

「うっそぉ!? なんでミソが!?」

司はミサイルの発射位置を特定しようとレーダーに目を落とそうとした。その時前方に段々こちらに近づいてくる白煙が見える。

「まっずい、モロ直撃コースじゃん! ウォードック隊! すぐに回避行動に入れ! なんだか知らないけど敵さんはミサイルを持っている!」

『何!? どういう事だ!』

「悪いけど今は答えている暇は無いの! ふんどりゃっ!!」

レナに返答をする代わりに、司はギリギリまでミサイルを引き付けてから一気に操縦桿を引く事に集中した。そのおかげでうまいタイミングでミサイルの軌道上から外れる。急に目標が動いたのでミサイルはそれに合わせて動こうとしたのだが、相対速度が速すぎて機動が間に合わず、結局司のF−5に命中する事は無かった。

「ふぅ、事なきを得た」

『今私が近接信管を切らなかったら普通にアウトでしたね』

一応窮地を切り抜けた司が一息つくと、エアが通信を入れてくる。どうやら彼女が近接信管を切ったおかげで、ミサイルはF−5から外れても爆発しなかったらしい━━ちなみに近接信管はレーダー波の反射を頼りに、標的に一番近づいた所で起動し、離れ始めたら作動するというものである━━。だが、司はそんな事も気にせずにエアに恨み言を言い始めようとした。が、彼女に機先を制される。

『了承は取りました。全責任はブレイズにあります』

「これでもかって丸投げだなオイ」

確かに責任は僕にあるけどさぁと司は言いかけたが、それを口にすると本当になんの責任も感じなさそうだなと思ったので、別の言葉を使う事で妥協した。

『それはともかく相手の特定が出来ました。Mig21フィッシュベットが20機ほど飛んでいます。恨み言は後ほどたっぷり聞くという事で今は戦闘に集中してください』

「『『『本当に沢山言うからな!!!!』』』」

『前言撤回します。エッジ、後方に敵機が付こうとしています! ブレイク!』

レナが機体を反転させて後ろに付いたデルタ翼機を引き離そうとした。だが突っ込み速度に分のあるMig21がその程度の事で引き離される訳が無く、悠然とレナ機にレーダー波を照射し続ける。

「く、なんて速いんだ! おい司! どうすればいい!?」

『オーバーシュートッ!! あと僕のTACネームはブレイズだよ!』

初めて敵機に後ろに付かれて動転したレナだったが、司に言われて回避方法を思い出した。スロットルをMINにし、エアブレーキを全開にして急旋回をする。敵もそれに付いてこようとしたが、速度がレナ機よりも速くなりそのまま追い越してしまった。

『BINGO!』

思惑通りになったので司は思わず叫ぶ。それに合わせてレナはワープ━━前の出撃の時にも使ったミサイルの事。小さいけど威力は高いのでスズメバチの名前を付けた。司は本当はホーネットにしたかったのだが、そうするとF−18と被るので諦めたというのはここだけの話━━を撃ち込む。ワープは細く排気煙を伸ばしながら、Mig21のノズル目掛けて飛んでいった。しばらく回避しようとMigはジグザグに飛んでいたが、RI社のミサイルが前世紀の戦闘機に劣るはずも無く、見事命中し爆発四散させる。

『……1機撃墜確認。1番槍はエッジでした。それとブレイズ、燃料切れになりそうですか?』

『なんで?』

『今さっきBINGOって言いませんでした? それは基地に帰る最小限の燃料しかないという意味です』

「……なんでもいいが戦闘に集中したらどうだ? ブレイズ、お前の後ろにミサイルが近づいているように見えるぞ」

『マジッ!?』

司は急いで回避行動を始めるがどこからもミサイルは飛んでこない。アラートも鳴っていないので、嘘だという事が分かった。

「レナさん……」

『話が長くなりそうだったからな。あとTACネームとやらはいいのか?』

「だってただのニックネームみたいなもんだもん。それはいいとしてさ……」

普通に止めさせればと司が言いかけた所でチョッパーから通信が入る。どうやら今日は最後まで言葉を出させてくれない日らしい。

『司! 姫! どうでもいいけどさっきからコックピット中がピーピー泣く声で満たされているんだけどな!! 帰ってからならヤるなりなんなりしていいから戦闘に参加してくれっ!!』

『同上ッス!!』

彼らの泣き言を聞いた後にチョッパーたちがいるであろう斜め下の戦場を見渡してみるとなるほど、残りの19機は全てチョッパーとウィローを追い掛け回していた。レナと司を狙うよりも簡単だと判断しての事だろう。

「……なるほど、だから今までこんなに静かだったのか。いい機会だから全機落としてみたら?」

『『殺す気かっ!?』』

もう冗談を返す余裕も無いらしい。

司はため息を一つ吐き、操縦桿を握り直す。

「……冗談だよ。そんなに怒りなさんな。レナさん、突っ込むよ」

『Roger』

司たちは機体をロールさせ、斜め上方に地面を持ってくると一気に操縦桿を引く。こちらの動きに気付いた敵を優先的にロックした。

「フォックス2! フォックス2!」

ミサイル発射の合図と共にトリガーを引く。2発のミサイルはそれぞれ迎撃のために上昇を開始したMig21を撃墜した。

司は仇討ちをしようとした敵に構わずそのまま下降する。少し距離を置いてからまた戦闘に突入するためだ。ヒット・アンド・アウェーは空戦において大事な要素である。

「2機撃墜! 残り17機! ってかお前ら逃げているだけじゃなくて戦えよ!」

『俺らは初飛行だぞっ!?』

『無茶ゆうなッス!! って後ろに付かれたぁ!!』

司が後ろを振り返るとウィロー機の後ろに2機ほどMig21が付いていた。ミサイルを発射するには近すぎるので機関銃を撃っている。今はまだ避けているが当たるのも時間の問題だろう。

基本的な飛行訓練しか行っていないウィローが回避する事は無さそうだし、チョッパーがフォローするって事も出来ないしなぁ、僕が行くしかないか。

考えてからそんな素人を落とせない敵は一体、などとも思った司だったが、こっちにはなんのデメリットも無いので言及しない事にした。

「でもやっぱ素人臭い戦いってヤだなぁ。こう、黄色の13番とメビウス1みたいな戦いを……無理か、ウィロー! ちょっとの間持ち堪えて。30秒くらいしたらそっちに行けるから!」

『素人で悪かったッスね!! 俺だってある程度飛ばせば玄人とは言わないまでもそこそこ……のぅわっ!!? なんでもいいから早くしてくれッス〜〜〜!!!』

ウィロー機のジンキング━━攻撃を回避するための無茶苦茶な機動の事━━のパターンを掴んだのか、段々銃弾の射線が機体へと近づいてくる。司が救援に行く頃には1発は確実に当たるだろう。

『フォックス2、フォックス2……だったか?』

レナの無線が入った直後にウィロー機に付いていた敵が爆散した。その爆炎の中からレナのF−5が飛び出してきた。司の後方から付いていこうとしたのだが、二人同時に突っ込むのはおかしいと思い、上空で待機していたのだ。

「Wow,やるじゃんレナさん」

『もうTACネームは完全に無視されているな』

「まぁニックネームなんてそんなモンだよ。実は名前で呼んだ方が全然楽だったりとか……おかげでニックネームと縁が無いんだ、僕」

『聞いてないぞ』

少しぐらい話に付き合っても、と思いながら反転作業を完了する。戦況は完全に司たちに傾いていた。一気に4機も落とされたのだから仕方ないだろう。完全に統制が崩れている。

「ウィロー、チョッパー、こんだけ敵さんが慌てているんだから少しぐらい落としてよ。ってかさっきから姫にばっか落とさせているじゃん。それがモルタージュ流の騎士道?」

『ほんのちょっとからかっただけでその言い草は無いッスよ〜!』

『あと俺はレスキュー隊員であって騎士じゃねーぜ』

「だって、レナさん。頼もしいね」

黙って聞いていたレナだったが、ここで手痛い言葉を口にした。

『司……ヒトの事を言ってはいるが……お前、私より落とした数が1機少ないんだぞ?』

「ぐ」

これには司も黙るしか無い。

『『さすがレナ姫!』』

チョッパーとウィローがよくぞ仇を討ってくれたという体で同時に叫んだ。あまりの現金な態度にさすがのレナも呆れる。

『だからと言ってこの現状で満足するような臣民が我が国にいるとは思っていないからな……信じているぞ?』

『『うぐっ』』

一瞬戦場を沈黙が支配した。姫からの信頼という重荷は考えていた以上に重いものらしい。司は単にさっきのやり取りの余波を受けていただけだが。

お喋りが止むと、今まで黙っていたエアが通信を入れてきた。

『……いったい何回言えばいいんでしょうか。戦闘に集中しなくて死ぬのはあなた方なんですよ、ウォードック隊の皆さん? それともそれほど余裕があるのですか? ならさっきから敵に掛けているジャミングを解いてもいいですか? 私が今どれだけあなた方のフォローに回っているか、分かります? 遺体回収の指揮とどっちが楽か考えてもいいですか?』

相当頭にキているらしく、言葉がプルプルと震えている。

「今日は切れまくりだね」

『おかげさまで。冗談を抜きにしても、そろそろジャミングを掛けていられなくなります』

「雪風のエネルギー問題は地球のそれ並に深刻かぁ。スーパーシルフからメイブに交換してくんないかな。まぁいいや了解、今から本腰を入れる。1人頭3機ね。余りは僕が食べるからさ。じゃあ吶喊!」

司はズーム上昇を開始した。そのまま敵の真ん中に飛び込み、機銃を乱射しながら撹乱するように飛ぶ。いきなりの事で避け切れなかった敵機が弾の餌食となり、爆発した。落ちてくる残骸をスレスレの所で司は避ける。そしてそのまま上空へと逃げた。

レナたちも司を真似て飛ぶ。今度は少し心構えが出来ていたのか、射線に敵機が入る事は無かった。が、レナが放ったミサイルが2機の敵を落とす。レナたちもそのまま上空へと無事に逃げた。

「……なんかおかしい」

『だな』

『何がッスか?』

『お前……』

違和感が充満した戦場を見渡して司が呟くと、レナが同意する。ウィローは飛ぶ事に精一杯で気付かないらしい。クルーズは伊達に今まで空を飛んできた訳ではないので余裕も出来たらしく、ウィローが気付かない事に呆れていた。

「敵が反撃してこない……と言うよりも飛び慣れてない?」

素人臭いと思っていたら本当に素人だったというオチだったらしい。考えてみれば科学レベルはどう高めに見ても19世紀後半なので戦闘機など作れるはずが無いという事は自明の事だ。ならば事情は司たちと同じで、地球か、それに順ずるどこからか持ち込まれたのだろう。

『状況はこっちもあっちも同じという訳か……あんなものはこの世界に無かったからな。まさかとは思うが……』

「あり得ないと言い切れないのが家の姉さんの怖いところなんだ。了田家の家訓の”喰える時に喰っちまえ”を体現しているような人だからね」

他人の不幸は蜜の味とは誰が言った言葉であろうか。死の商人はまさにその蜜を吸うのである。軍需産業を有するRI社も例外ではない。F−5を直ぐに提供できたのは余剰品があったからであろう。

そして遥はこの手の事に関しては一切の妥協が無い。ましてや戦争という金のなる木を法や倫理を守ってみすみす見逃すようなタマでは無かった。

「こりゃ敵にも戦闘機を売っているって考えた方がいいかな」

戦いが続けば続くほど儲かるのは当然ながら武器商人である。この世界の平和を願うような事は平和運動家にでも任せておけばいい。それよりも実利だ。遥はそう考えているはずだと司は思った。

『……スポンサーが最大の敵か。今更この世界から手を引くとは思えないしな。厄介な事になった』

「う〜ん。RI社が繁盛するのを喜べばいいんだか、こっちの負担が増えて悲しめばいいんだか」

司は言ってからRI社が繁盛したとしても自分に還元されない事を思い出す。

「どっちにしろ厄介なだけか。なんで僕だけこんな損な役回り」

『俺を忘れるなッス』

『同上』

男3人は変なところで絆ができたようだ。

そんなこんなしている内に敵機群に動きがあった。

『敵が撤退を始めました。替わりに高速で戦闘空域に接近中する物があります。機影4! このタイミングはエースパイロット以外あり得ません!』

エアの通信の直ぐ後にどこからか無線が入ってくる。敵は無線を持っていないと思っていたので、特にジャミングは掛けていない。どうやら今向かってくる敵機から発信しているようだ。

『That right NIP! From now on,we deal with you. KILL’EM ALL!!』
(その通りだよ日本人。ここからは俺達が相手をしよう。喰っちまえ!!)

『『YEAHHH!!!』』


その男はスタンダートイングリッシュで宣戦してきた。同時にエアが敵機を解析、種類を特定する。

『敵はF−14です! 方位010、70キロ先から接近中!』

「ゲッ!? F−14!? トム猫か!」

F−14 トムキャット。可変式の翼を持つ艦載機である。既に現役を引退したとはいえ、普通はF−5が戦って勝てる相手では無い。

更にF−14と言えば、という物を積んでいた。

『!! 司! 直ぐに地上に逃げてください! フェニックスが発射されました!』

「やっぱりぃ!! 全機反転! 急いで地上に逃げて!」

長距離空対空ミサイル AIM−54 フェニックスが彼方から迫る。





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