地面が高速で迫ってくる。
『司! なんどか急降下する遊びはしたけどなぁ! あれってかなり難しいんだぞっ!』
「そんなことチョッパーに言われなくても分かってるよ! でもケツにミサイル突っ込まれるよかはマシでしょ!?」
どんどんゼロへと回転する数字を横目にクルーズに言い返す司。非常時には口が汚くなるらしい。
『普通にどっちもイヤッス!!』
ウィローがもっともな事を叫んだ。それをレナが落ち着いた声でなだめる。
『わがまま言うな。クルゴンの滝から飛び込むのと同じような感じでやるんだ』
『あんなとこから飛び込んだのは姫様ぐらいじゃないッスかぁ〜!!』
「どこそれ」
『そんな事よりも、そろそろ機体の引き上げを開始しないと地面にキスする事になりますよ。ウォードック隊の皆さん』
いつまでも会話が続きそうだったのでエアが注意を促した。表示をみると確かにこれ以上高度を下げてから機体の引き起こしを図っても間に合わないような所まで来ている。
「……よし、なるたけ低空で飛んで。こっからはチキンレースだからね。十分に低空飛行できなかったらフェニックスの餌食だし、下がりすぎたら地面に激突だからしっかり〜! 行っくよ〜!」
『なんでそんなにハイテンションなんスか!?』
「ハイテンションじゃないとチビリそうなの!」
怒鳴ってから引き起こしを開始し、機体を地面と水平にする。高度は100フィート。真下のドラゴン桜がソニックブームで葉を散らした。
『ミサイルは依然として接近中。合図したらダイヤモンドフォーメーションから一気に散開してください』
「Roger that」
高度に神経を使いながらエアの指示にも気を配らないといけないなんて、難易度が高いなぁと思いながら司はその時を待つ。
『見えてきたな』
レナが後ろを確認して言った。司も後ろを確認すると白煙を棚引かせて飛んでくるフェニックスが見える。
「命中率はサイドワインダーほど高くないから大丈夫……なはず」
『もうちょい自信を持って言い切ってくんねーかな』
歯切れの悪い司の独り言にクルーズが突っ込んだ。
「僕は兵器に詳しい訳じゃないもん」
『じゃあなんで固有名詞をしってるんだよ。普通は知らねぇもんだろ?』
「了田家の人間として生まれた時点である程度知っとかないと生き残れないの。……いきなり戦場に放り出された時とかヘルファイアが部室に撃ち込まれた時とかCIAと大立ち回りをした時とか……」
『そういう事はあまり言わない方が長生きすると思いますよ。丁度いい頃合ですのでカウントダウンを開始します。
司とレナは右へ、クルーズとウィローは左へと一気に機体を反転させる。
「エア、ジャミングよろしくっ!」
『言われなくても、です』
エアはアポスシステムを動かし、ジャミングを開始する。先程からの戦闘で電力がかなり落ちているので、数個のミサイルに限定して作用する強力な指向性ジャミングを掛けるのはこれが最後だ。
『ジャミングを開始しました。………………フェニックスはそのまま直進。回避成功です』
フェニックスは司たちが散開した地点を通過し、明後日の方向へと飛んでいった。しばらくして燃焼剤が切れたのか、森の奥で爆発が起こる。
『うぉっ!? あそこら辺はセシィとアイアイ傘を描いた所じゃねぇか!?』
爆発の起こった場所に見覚えがあったらしい、クルーズが叫んだ。
それを横目にウィローが面白そうに思った事を言う。
『あ〜あ、やっちゃったッスね。カラスは縄張り意識が強いからマーキングだとでも思っていたんじゃないんスか? ……恋人の大切な場所を守れないなんてサイテー! みたいに言われるのを覚悟しといたほうがいいッスよ』
『テメー人事のように言いやがって! マリーにあの事バラすぞ!?』
『あ、あれは一夜の過失ッス!! ぶり返さないでくれッス!!』
今度はウィローが慌てる番となった。今戦闘をしている事など”あの事”に比べれば些細なのだろう。
「……さっきから緊張感無さ過ぎじゃない? これも国民性? だとしたらモデルは誰だろうね……」
『クルーズ、ウィロー……頼むからこれ以上私に恥をかかせないでくれ』
レナが目を覆っている様が司の脳裏にありありと浮かぶ。
『まぁ賑やかなのはいい事です。それで今後の事ですが、敵はどうやらフェニックスを撃ち尽くしたようで第2射の気配はありません。替わりにアフターバーナーを焚いて急速接近中です。これからは目視内戦闘に移る可能性が大ですが、もう特定のミサイルをジャミングで落としたりする事は出来ません。指向性を持たせない広域ジャミングは可能なのですが、こちらのミサイルにも影響するのであまり強い出力で掛ける事が出来ません。勿論レーザーによる援護は出力的に問題外です。取りあえず近接信管は外しますので、それでどうにか戦ってください……要はもうこっちの援護を期待するな能天気共、という事です』
「随分な言い様だね」
『これまでの私の働きの10分の1くらい働いたなら前言撤回しますが?』
「その言葉、覚えとけよ?」
アフターバーナー全開。一気に1万フィートまで駆け上る。
「もう戦闘には大体慣れたよね。まぁさっきから指示出しなんかしてないけど、これからは本気で各人の働きを期待しているから。いい? ウォードック隊にはチームワークなんて都合のいい言い訳は無いからね! 必要なのはスタンドプレーの結果として生じるチームワークだけだ!」
『誰の言葉か知らないッスけど丸投げしただけじゃないッスか!!』
「……よく他の人が言った言葉って分かったね」
『そりゃお前が自前でそんな言葉吐けるとは思ってねーからな』
『確かにそうだな』
「レナさんまで!」
レナの反応は、これからは安易に名言を使うのはよそうと司に思わせるまでに至った。
『短距離ミサイル発射を確認! ブレイク!』
「うひょっ!?」
司機のすぐ横を
「今のは危なかった……」
『でも無傷で返す約束は守れなかったので、きっとハン・ソロに大きな借りを作ったと思いますよ。目標との距離は3マイル以内です。ドッグファイトならこちらに分があります。文字通り犬ですので』
「『狐だ』」『狼ッス』
『俺は最初っから度外視されてんのかな? 冷てえなぁエアちゃんも、っとぉ!?』
クルーズが操縦を疎かにした所を2機のF−14が襲ってきた。その動きに無駄は無い。
クルーズは機首を上に向けてアフターバーナーを入れた。上昇して高度を稼ぐ気だ。
『戦闘の基本は相手よりも上にいろって事だ』
ハヤブサとしてはそれは合っているだろう。だが今は状況は違う。
「クルーズ! すぐにジグザグ飛行を開始しろ! ミサイルに狙われてるよ!」
司が無線に怒鳴ったが、遅かった。F−14の腹からサイドワインダーが発射される。
それはその名の通りガラガラヘビが通った後のような軌跡を残しながら、クルーズのF−5へと向かっていった。
「ウィロー!! 真下から機銃を乱射しながら突っ込め!!」
『了解ッス!!』
クルーズの下方に位置していたウィローが撃ちまくりながら直角に上昇する。
「エア、フォロー!!」
『分かりました』
司の意向がエアに伝わると、エアはウィロー機のコントロールを一時的に取り上げた。そして機体をインチ単位で動かして銃弾の軌道を補正する。
直ぐに弾の1つが、クルーズ機に命中するかしないかというギリギリの所でミサイルに命中した。
「っしゃい!!」
司は思わずガッツポーズを取る。
『ヤッホォォォォォオオオゥ!!! ッッッス!! 初白星ッス大金星ッス! 司っ!! 見てたッスか!?』
エアの助けはあったが、クルーズの命を救ったのは確かなので、司は素直に誉めた。
「見てたよ! クルーズ、これでウィローには何も言えないね」
『へへ〜ん。という事であの時の事は口外厳禁ッス。なんせ命の恩人のトップシークレットなんスから』
『くっそ見てろよ! 直ぐに借りは返してやるからな!』
そんなに喋りたいのかと司は呆る。
『司、後ろに付いているぞ!』
レナの警告が入った。再び鳴り出したミサイルアラート音に司はゲンナリとして愚痴をこぼす。
「あぁ一難去ってまた一難。ちょっとは休ませてくれよ」
『そいつは無理な話だ。なんせ俺達はお前を落としたくてウズウズしているんだからな』
ウォードック隊の誰のものでもない声が無線から流れた。先程の無線の男━━つまり今戦っている
「……随分
『あぁ、イワクニにだ。だから悪口に日本語と英語は使うな』
「No way」
(やだね)
『Sure.If so you die』
(分かった。なら死ね)
F−14の編隊は一気に散開するとあっという間に司以外の後ろにも付いた。ウォードック隊の全員が敵の標準内に納まっている。
『あ〜、今から俺たちは友達って事じゃダメかな? Hey Bor! みたいな。人類皆兄弟だぜ?』
クルーズが冷や汗を流しながら顔も知らない兄弟に呼びかける。
『
『つれねぇな』
『俺は
相手がミサイルの発射ボタンに手を掛ける……気配を感じた。その瞬間に司は機首を立て起こし急ブレーキを掛ける。レナたちもそれに習った。
いきなり目の前でコブラをやられた敵編隊はそのまま司たちを追い越してしまう。
『Oh,shit!? Why not they can do the ”cobra”!?』
(くそっ!? 何故奴らはコブラが出来るんだ!?)
確かにレナさんがやるまで出来るとは考えていなかったよ、と司は思った。今度は司たちが彼らを標準内に収める。
「あ〜、世界一のバカ企業のRI社製だからね。いつライセンスを取ったのかは知らないけど……てか姉さんの事だからきっと事後承認にするんだろうなぁ」
言っている内にF−14はアフターバーナーを焚いて急降下を開始した。
「……これって喋っていたから殺されちゃった間抜けな悪役のパターン?」
『奴らからみればそうなんだろうな。クルーズ、ウィロー。これからは司に合わせる事は無いぞ。我が夫はどうやら敵ともお喋りがしたくてたまらないらしい』
「待ってよレナさん。それは言いすぎじゃぁ」
『散開して追え。今度こそ司にバカにされるな』
どうやらレナは司がからかった事をかなり根に持っているらしい。司を無視してかなり離れてしまったF−14を追いかけて、パワーダイブを始めた。
言い訳をしようと司は無線を入れるが、ものの見事に返事が無い。司が最初に命令した通りに思い思いに空戦を行っている。
……確かに命令通りに動いてはいるのだが、何故か腹が立ってくる司だった。
「……OK.無視するなら構わないよ。こっちはこっちで好きにやらせてもらうさ。今までの事ですっかり忘れていたけど、僕は捕虜みたいな扱いなんだからね。囚人の言葉にいちいち答えたりしないよな。うん」
ぶつくさ文句を言いながら加速し始める。ウィローが追いかけていた獲物が司の右斜め下方に進入してきた。
「でもさ、あんまりじゃない? 現実世界では姉さんや母さんにいいように使われて、こっちの訳分からん世界では狐のお姫様の尻に敷かれるなんて……悪夢もいいとこだ」
操縦桿を横に倒してロールを行う。機体を180°回転させ、背面飛行に入った。
司が真上に写るようになった敵機を見上げると自動的にロックが掛かる。
「……それに付け加えて正体不明のヤンキーたちか。なんの恨みがあって……思い当たる節があり過ぎて困るなオイ」
そして一気に操縦桿を引く。途轍もないGが掛かり、高度がかなり下がった。その代わりに進行方向を真逆に変わって、F−14の真後ろに付く。スプリットSという機動である。
司はミサイルの発射ボタンに指を掛ける。敵もロックされている事に気付き旋回に入るが、もう遅い。
「でもそんなの知ったこっちゃないね! こんな所で立ち塞がる方が悪い! 死ね!」
八つ当たりをした。簡単に人が死ぬような威力のミサイルをぶちかまして。
F−14のパイロットは回避が無理と判断したのだろう、直ぐに機体から脱出した。その直後にミサイルが突き刺さり、爆発する。少し下方に落下傘が開いてゆっくり降下を始めた。
「Yah,yah,yah,yaaah!! これで満足っ!?」
司が無線に向かって叫ぶ。今度はレナから返答があった。
『結構だ。後さっきまでのは冗談だからそんなに興奮するな』
「ごめん、そのジョーク、ぜんっぜん笑えない」
『まぁ笑って許せ』
一瞬司のF−5の機銃の標準が、レナの機体の上を滑る。直ぐに標準はその前方にいたF−14へと流れたが。
「レナさん」
『なんだ』
「なら僕の冗談も笑ってね?」
司は間髪入れずに射撃を開始した。曳光弾はその名の通りに光の軌跡を残しながらF−14に突き刺さる。
『FUCK!!』
F−14のパイロットはそう叫ぶと脱出した。直ぐ行動したのが幸いして、寸での所で爆発に巻き込まれずに済む。
……レナは違ったが。
「うわっ!?」
今まで追っていた敵が急に爆発したのだ。車のようにブレーキを掛ける訳にはいかないので、旋回して避けようとする。爆片が慣性の法則に従いほとんどが前方に流れたが、大きい残骸は減速してレナ機に突っ込んでくる。
「くそっ!! 避けきれ……!?」
目の前で爆発が起こったので思わずレナは目を瞑ったが、機体にその後衝撃は来なかった。目を開けると何事も無く彼女は飛んでいる。
『笑えた?』
司が笑いを噛み殺して聞いてきた。ぶつかる前に残骸にミサイルを放ち、安全を確保したらしい。
「……城に戻ってからの事を考えると笑いが込み上げてくるな」
レナが静かにそういうと無線の向こうは相当慌てて謝ってくる。
『すみませんちょっと調子に乗っただけです許してください!』
「その時十分に笑えたら許してやる」
今回は慈悲を掛ける気は無いレナだった。
『……もとはといえばレナさんが……』
「なんだ?」
『……いえ、なんでも……』
「そうか。ところでクルーズ。そろそろお終いにしようか」
『俺の命をッスか!? 別に聞き耳立ててこんな風に尻に敷くような女を引っ掛けたくねぇなぁなんて思ってませんよ!?』
敵の後ろに付きながらも、司とレナの会話に気を取られていたクルーズは慌てて答える。回答内容は見事に間違えたが。
「……」
『……』
司に言われるまでも無く、この国民性はどうにかしなくてはと思ってきたレナだったが、今までのように優柔不断に対応するのでは無く、しっかり教育し直そうと心に誓う。
「……まぁそっちの事は後で話すとして……いつまでも追っかけるだけじゃなくて攻撃しろという事だ」
『あぁそっちですか…………………………うおっ!? じゃあ今のはどうしようもない程の自爆!?』
『ご冥福を祈るッス』
「もう喋らなくていいから黙って撃墜しろ。そしたら聞かなかった事にする」
『本当にそうしてください。私からも御願いします。本気で・さっさと・帰ってきてください。ケイティさんに秘密がバレるのはその帰還までに掛かった時間次第です。つまりあなたの生きていられる時間もそれに連動しているって事ですよ?』
『えっ!? 秘密ってなあに〜?』
エアの通信の途中にエア以外の女性の声が入った。
『ぇ” ケ、ケイティか!?』
クルーズが本気で慌てだす。この声の主が
『あ! クルーズの声だ! ホントに声を飛ばしているんだね。これが広がったら私は廃業しちゃうわね。やっほー! ちゃんと姫様守ってる〜? しっかり守んなきゃダメだよ〜! でも大事なところは全部王子様に守らせてね〜? クルーズが姫様好きなの知ってるんだからぁ。ましてや浮気なんて絶対許さないからね〜! 破ったら父に代わってお仕置きよ?』
その姫の聞いている前でズケズケと言う辺りが凄い所だとレナは苦笑した。
クルーズはどうにか命を永らえようと必死の努力を開始する。
「も、勿論だよケイティ。あーエアちゃん?」
『なんでしょうか?』
「頼む、後生だからどうか寛大な時間設定を」
『善処します……政治家的に』
「そうか。良かった」
クルーズが何故か胸を撫で下ろしたので、司が考えを直しやった。
『クルーズ、エアが言っているのは日本の政治家の事だよ? モルタージュなんかと違ってマニフェスト破り捲くりだよ?』
「……しっかりしろよ日本の政治家!!」
彼の言葉が日本の政治家に届く事は無いだろう。届いたとしてもにこやかに「分かりました」と言うだけだろうと司は思った。
『では時間を設定します……残り3分』
「『『短ッ!?』』」
『エアさん、幾らなんでも短すぎると思うが……』
クルーズたちは元より、さすがにレナも短すぎると感じた。ただでさえ少ない戦力が無くなる事態はレナとしてはどうしても避けたい所だった。
そしてレナがそう発言した事により、ウィローが言ったケイティの本性の裏が取れた事を司は確信する。
『……本気で殺すんだね』
「今までにも未遂ならごまんとあるからな……」
無線から零れた司の言葉に、どこか遠い目をしたクルーズが答えた。
「と、ならさっさと落とさなきゃな。チョッパー、フォックス2!!」
クルーズがずっと付回していたF−14にミサイルを放ち、直ぐに離脱する。この距離なら外さないと思ったからだったが。
『クルーズ……避けられた』
「嘘ぉっ!?」
司から目標未命中の無線が入った。ミサイル万能主義はこの世界でも通じなかったらしい。敵はミサイルの目前を水平に横切るビーム軌道を取り、回避したのだ。
『チョッパー、後ろに付かれています! ブレイク!』
「今日俺だけでブレイクって何回言われたんだよ! そろそろ
『それには俺も同意するぜMotherfucker. いい加減その尻出して楽になれや』
F−14がそう無線を入れながら機銃を発射してくる。
「へ、生憎そっちのケは無いんでね。
威勢良く言ったはいいが、実際に避けるとなるとそうは行かずに何発か被弾してしまった。
「くそっ!? 少しヤべぇかも!」
『本日第2回目ッス! 利子付きで返すッスよ!?』
ウィローがクルーズを
ウィローのおかげで事無きを得たクルーズだったが、F−5の方はそうはいかずに、垂直尾翼の部分に弾を受けてしまっていた。高度なアビオニクスのおかげで飛行する事自体には問題が無くても、空戦をする事はまず無理だろう。
「サンキュー、ウィロー。でもこれで戦うのは無理っぽいかな。司、悪いが戦線離脱するぜ。レナ姫をしっかり頼むぞ」
『了ー解。こっちは任せて。それよりも着陸は気を付けてよ? 無理だったら機体を捨ててもいいからね。とにかく無事に帰る事! 今はそれが最優先事項! 以上!』
司の答えを聞いて安心したクルーズはモルタージュの方へ機首を向ける。だがそこへ別のF−14が斜め上空から突っ込んできた。
『I got it』
(貰った)
「くっそ!?」
パイロットがミサイルロックを掛ける。クルーズは回避しようとはするが思うように曲がれない。
サイドワインダーがハードポイントから離れた。空中に放り出されてロケットモーターが始動しようとする。
一瞬走馬灯を見ていたクルーズの耳に無線からの声が聞こえた。
『しつこい男は嫌われるぞ?』
万事休すという時にレナの放ったワプスミサイルがF−14を貫いた。爆風と爆片はロケットを点火したばかりのサイドワインダーを打ち、誘爆させる。
クルーズ機はそのままアフターバーナーを焚いて戦域を離脱した。
『ナイス! もう誰もレナさんを守るなんて言えないね。全部自分で守っちゃうし』
まるで主人公補正の掛かった活躍に司がもっともな事を言う。
「……それは言えるぞ。少しは私を超えてみろ」
言われた当人はそう言い返したが、本心では大衆小説の姫の役柄をやらせて欲しいと思ったりもした。
その時点で、今までの自分なら考えもしなかっただろうという事に思い当たる。
(何を考えているんだ、私は……)
レナは変な事を考えていないで戦闘に集中しようと計器に目を移した。
と、不審な事があるのに気が付く。
「司、レーダーが真っ白になる事はあるのか?」
『え?…………………ヤバイ! ECMだ!』
司の方でも確認が出来たらしい、かなり慌てている。レナにはECMが何かは分からなかったが、敵の妨害活動とみてもいいと判断した。
『更にヤバい事が起こりそうッス! 方位210になんかデカイ機影ッス!』
追い討ちを掛けるが如く、ウィローがいらぬものを発見する。
確かにそれは大きかった。先日戦ったドラゴンも大きいが、アレとは比べ物にならないだろう。
「司……アレもお前の世界の物か?」
『いや、あんなモン作れる技術なんてウチの世界には……RI社があるか……』
「もう確定的だな。RI社はモルタージュ以外にも武器提供を行っている事は」
司たちの目の前には優に1キロを超える白い巨体が浮かんでいた。その様はさながら鯨に羽を生やして飛ばしたようなものだった。
「……
司はあまり縁起のよろしくない名前を零してしまう。
だが動かす側としては気に入ったらしい。
『その名前、気に入ったぜ。これからはコイツの事はそう呼ばせて貰おう』
残ったF−14のパイロットはそう言った後に一言付け加える。
『そうだな、せっかくいい名前を付けて貰ったんだ。お礼をしなきゃならないな。デモンストレーションを兼ねて、最新装備を使ってみるか。Open Fire!』
号令と共に白鯨に搭載されている機銃、ロケット砲、ミサイル台、レーザー砲が火を吹いた。司たちはアフターバーナーを焚いて、森の上を縫うように飛ぶ。
が、避けなくてはならないものが多過ぎた。
『く、こちらエッジ。エアインテイクに損傷が起こったらしい、エンジン出力が上がらない。ベイルアウトする!』
司のすぐ後ろを飛んでいたレナ機の前方にロケット弾が着弾、爆発した際に大量の異物をエアインテイクから吸い込んだらしい。レナは大きい的よりは、小さく小回りの効く自力での脱出を選び、機体を捨てた。
『司! ウィロー! 考えがあるので、あなたたちも機体を捨ててください! このままではいずれ落とされてしまいます!』
エアが無線でがなり立てた。
「徒歩で逃げろって!?」
レナが落とされた上空で旋回飛行に移っていた司が反論する。
『幸いそこは国境間の中立地帯です。そのまま乗っていたら確実にミサイルに落とされますが? それよりは機体を有効利用しましょう』
エアが何を考えているかは分からないが、それ以上の案は無さそうだった。
『なんだか分からないッスけど了解ッス! 脱出後はレナ姫と共にパクスを目指します!』
「……あーまた森林浴か!! もうやりたくなかったのに! ブレイズ了解! ベイルアウトする!」
二人は同時にベイルアウトする。脱出すると機体はエアのコントロール下に入り、火の雨を巧みに避けながら白鯨の方へと飛んでいった。
「な〜る。カミカゼね」
パラシュートが開き、後はレナの待つ地上に降りるだけとなって手持ち無沙汰になった司は、F−5の機動を見てエアの意図を掴む。
F−5はそのまま白鯨に肉薄した。司機はコックピット付近、ウィロー機は尾翼、レナ機はエンジンへと突っ込もうとうする。もっとも既の所でファランクスか何かの近接防御兵器が作動したらしく、直撃は無かった。だが破片と爆風は十分に作用し、白鯨の飛行は不安定なものとなる。
そしてこれ以上の追撃は不可能としたのだろう。白鯨は攻撃を中止し、その過大な機体を大げさにバンクさせ、元来た方向へと進路を変えた。
風に流されながらその様子を見ていた司の無線にエアから連絡が入る。
『……司、聞こえますか? 繰り返す。聞こえますか?』
「聞こえてるよ〜。ナイスカウンターパンチ。後はお迎えの馬車が来れば言う事無しだね。冷暖房完備、シャワー室付き、BOSS エスプレッソ<ヴェネチア>をウン十リッター……」
『それだけへらず口を叩けたら上出来です』
呆れたようにエアが言った。
だがいつもと違って、今回は司に同調する者が続く。
『実際問題、そん位は欲しいッス。あ、エスプレッソの代わりにマダム・ロベルタのビールで』
『私はホットミルクでいい。砂糖たっぷりのな』
勝手に酒豪なイメージを持っていた司は、思わず下で待っているレナを見た。
「あれ、レナさんはお酒を頼まないの?」
『まだ未成年だ』
「あ〜なるほど。だから幼稚な行動をいっぱぃぐっ!!?」
したり顔で司が納得していると無線を通して聞いていたのか、下から石が高速で飛んでくる。パラシュートで空中をゆっくり降下している司に避ける術などあるはずが無く、そのまま
『姫〜。ここらの石はパクス周辺の石よりも密度の高いモンが多いッスからね〜。本気で投げたら司死んじゃいますッスよ〜』
『大丈夫だ。手加減してある』
この痛さは手加減とかそういうレベルじゃないよと司は言おうとしたが、横隔膜が機能しないらしく声が出なかった。
しばらくして司とウィローはようやく地面へと到着する。もちろん周りに馬車が用意されているはずもなかった。
「今週だけで後どんだけ森林浴をしなきゃならないんだか……」
「いいじゃないッスか! 森は気持ちいいッスよ?」
森に入ってウキウキな状態のウィローを羨ましげに見ながら司が口を開く。
「そらウィローは元から獣人だからいいかもしんないけど、文明人の僕としてはヒーティーなコンクリートジャングルの方が」
「結局森に変わりないじゃないか」
「……ゴメン、通じないんだね。忘れてた」
司の皮肉は基礎知識の無い彼女らには通じなかった。
ここで司の頭に、通じるという単語にまつわる疑問が浮かぶ。
「……そういえばなんで日本語が通じるの? さっきのヤンキーは英語を喋ってて、こっちの事を日本人だと思っていたし……世界の共通言語は実は日本語!?」
「お前が何を言っているのかさっぱり分からん。だがそんなに変か? ここでは国が違っても大体言葉は一緒だぞ?」
レナによると、この世界ではどの国も日本語を使っているらしい。英語もあるにはあるが使っていたのは主に北人で、死の壁が出来た今ではシーディーとロックシンガーのみが使うだけであるとの事だった。
「それっておかしくない? よく知らないけど言葉なんて地域が違えば幾らでも変わるもんじゃないの? それに日本だけならともかく、口の構造自体が違う獣人のいる世界の共通語も日本語だなんて……」
「どうでもいいじゃないッスか。今はとにかくパクスに戻ろうッス。それに……なんかヤバげなんで」
言語体系の矛盾に興味の無いウィローが痺れを切らして言う。
良くない知らせも付け加えて。
「……なにが?」
「潜鱗虫に周りを囲まれているッス」
ウィローの言った通り、司たちの周りにはミミズを1メートル強まで引き伸ばしたような虫が沢山いた。全身が茶褐色で、うっかりすると地面と見間違えて踏んでしまうかもしれない。踏んだ場合の反応を司は想像したくなかった。
そしてソレは司たちを吟味するようにうねっている。
「……ドラゴンか桜が餌なんだよね?」
司が冷や汗を流しながら聞く。
「……普段はな。何に反応しているのか分からんが、獣人がいればそれにも食いつく」
答えたレナも冷や汗ダラダラである。
「食いつかれた場合の対処方は?」
「んなもん無いッス。あのドラゴンの鱗を食い破って中身を吸うんスよ?」
ウィローに至っては顔面蒼白になっていた。
「……OK。じゃぁやる事は1つだ」
司は息を一気に吸い込んだ。
「逃げろ!!」
そして司たちは1番潜鱗虫の少ない所から包囲を抜け出して走り出す。
足が地面に衝突する振動を感知して獲物が動いているのを察知したのだろう、潜鱗虫も司たちの後を追い始めた。
今となってはしょうがないが、この時方位をしっかり確認していれば間違いを犯す事無く、潜鱗虫の1番多い所を抜けていただろう。
彼らはリービルカの国境に向けて全速力で走っていった。
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