「こちらチョッパー。今滑走路が見えた」

戦域から離脱して十数分、クルーズはパクスの軍事滑走路の見える所まで帰ってきていた。

ようやく一息つけると胸を撫で下ろしながらランディングギアを下ろそうとしたが、F−14が放った弾はそこも壊したようで反応が無い。

「……つくづくついてねぇな今日という日は。ギアがぶっ壊れていやがる。胴体着陸するっきゃねぇかな」

仕方なく着陸行動を断念、ぼやきながら高度をとって旋回を開始する。

しかしクルーズのぼやきが聞こえたのか、旋回途中でエアから無線が入った。

『こちらでも貴機を確認しました。でも胴体着陸はしないで結構です。代わりにF−5を捨てて脱出してください。滑走路が今塞がれるといろいろ迷惑ですので』

「Wow. 決死の帰還の末が邪魔者扱いか」

感情が表に出ない声で邪魔と言われると、なかなか心にくるもんだなとクルーズは思う。

『事実を申しましただけです。それとも滑走路の消火活動とあなたの救助にカッツのチームを割り振りましょうか? ケイティとさぞ楽しい関係になれるでしょうが……』

「なっ!? どこまでヒトのプライバシーに踏み込むんだよっ!?」

エアがさらりと言った事はクルーズにとっては死活問題だった。タカ鳥人である恋人No.12のカッツは実直な子で、必ずや決死の思いでクルーズを救助してくれるだろうが、そのの救助劇を観た後のケイティを考えると、とてもそんな事をさせる訳にはいかない。

「分かった分かった!! そう脅すなって!! てか今ので聞こえているとかないだろうな!?」

『その心配は無いと思われます。なにしろクルーズの直ぐ横を飛んでいるので』

「横っ!?」

クルーズが慌てて横を見ると確かに横をケイティが飛んでいた。

時速400キロで。

「んなアホな!! おい!? 直ぐに速度を落とせ!! いくらなんでも生身じゃキツイっての!!」

クルーズがケイティに向かって叫んだが、勿論聞こえる訳も無く必死で羽で風を切っている。

いくら比較的他の鳥人よりも速さに優れるハヤブサでも、300キロを超える飛行は体に並々ならぬ負荷が掛ける。が、彼女はクルーズが出てくるまでF−5から離れる気は無いようだ。

「くっそ、脱出の手順なんて覚えてねぇよ! どぉやるんだ!?」

すかさずエアが手ほどきを開始する。

『股の間にあるリングを引いて下さい』

何も知らないヒトに説明するのにはいい加減慣れたのか、固有名詞等は抜きで簡単な指示だった。

「引いっ!?」

クルーズは迷い無くリングを引く。するとシートベルトがクルーズの体を座席に勢いよく引き寄せた。

何が起きたか確認する間もなくキャノピーが弾けとび、外気に晒される。そして間髪入れずに座席が射出作業を開始した。

座席は機体から少し浮き出た所でロケットモーターが作動してクルーズをF−5から一気に遠ざける。

「━━ッ!!」

いきなり20G━━体重が20倍に増えるようなもの━━の力が上に掛かり、クルーズは目を白黒とさせる。が、小さなパラシュートが開き、座席の揺れが無くなった辺りでどうにか正気を取り戻した。

クルーズはギチギチに縛られて動かない体をどうすりゃ自由にできるのかとエアに言おうとしたが、それを言う前に座席が十分に減速したのを確認し、自動的にシートベルトを外してクルーズを解放した。今、クルーズを空に繋ぎとめているのは頭上のパラシュートだけである。

「……何かする時はせめて覚悟くらいさせてくれよ」

フラフラする焦点をどうにか定めようと頑張りながらクルーズが言う。が、エアは見事に生返事しかしなかった。

『分かりました。なるべくご希望に沿うようにしたいと思います。それよりも早くパラシュートのハーネスを外して飛んで降りてきて下さい。直ぐに作戦がありますので』

「……休み無しで!?」


クルーズは地上に降りたら真っ直ぐ家に帰って、数いる恋人の誰かと━━とは言ってもケイティがいたのでほぼ100パーセントの確立で彼女になるとクルーズは思っているが━━よろしくヤろうと考えていたので悲鳴を上げる。

『事情が分かったらそんな事が言えなくなりますよ?』

クルーズの悲鳴を聞いて少し愉快になったのか、エアが楽しそうにそう言った。

「……なら聞きたくねぇなぁ」

このドSめとクルーズは思いながら言うと、エアはクックッと笑ってから喋り始める。

『ではえて今説明しますと……』

「ラララ〜ラ〜〜〜ッ!! 何も聞こえなっ!? ……おい……ちょっと……ちょいちょいちょいちょいっ!?」

音程というものを知らないのか、歌になっていない歌でクルーズは聞こえないフリをしようとしたが、その必要は無くなった。

「ケイティッ!? そんな全力で突っ込んできたらヤバイってオイッ!? 速度落とせっ!!」

「クルーズゥゥゥゥゥゥウウウ!!!」

ケイティが全力でクルーズの元へと突っ込んでくる。どう見てもクルーズの手前で止まる事を考えていない様子だった。

折角脱出したのに2度と地上に降りられなくなるのは、クルーズとしては避けたい所だったので、ケイティの射線から回避しようとしたのだが、翼を動かしても後ろから引っ張られて元の位置に戻ってしまう。

『だから早くパラシュートを外せと……』

「……あ〜、そうだった。来世の座右の銘くらいにはしとくよ」

『辞世の句はどうしますか?』

「………………女を選ぶならやっぱりぃギャぁあアあぁあァああア!!!」

クルーズの断末魔の叫びが空に響いた。











「うっぎゃぁあぁあああ!!!」

クルーズがその美声を空に聞かせていた頃、司たちも蟲のエサになるかならないかという状況で行く手を阻むドラゴン桜を相手にコーラスをしていた。

1本1本の間隔はそこまで狭くは無いのだが、1本に付き根本に1匹は潜鱗虫がいたので、追っ手はどんどん増えるばかりである。

「司! このま……」

「まじゃラチが開かないでしょ!? んな事は分かってるけどじゃあどうすればいいんだよ!!」

レナへの返事の合間に飛び掛ってきた潜鱗虫に向けてエコガンを発砲するが、銃弾を受けても貫通せずに少し悶える程度で、ほんのちょっとの時間稼ぎにしかならない。

彼らの体力の限界はまだ遠いが、いくら獣人とはいえ無尽蔵にある訳ではない。それに完全な動物ならともかく、人間型では森での走行は不利である。

「そこはあれッス! 異世界人の知恵って奴を絞るッスよ!!」

ウィローが愛用のウィンチェスターM1873小銃を手当たり次第ぶっ放しながら司に叫んだ。

「そんなのあったら苦労しないっての!! あぁ! もうこんな風に走るのはイヤだぁ! 森を飛び抜けるのはターザンにでもやらせとけばいいんだぁ!!」

「「それだ!!」」

司の泣き言がレナとウィローに状況打破の1手を閃かせる。直様ウィローがその閃きを行動に移し、手近なドラゴン桜へとジャンプして飛び乗った。その後直に「大丈夫ッス!」という声が聞こえる。

「ウィローは何してんの!?」

突然の行動に司が理由を聞くとレナが走る速度を上げながら叫んだ。

「たーざんとやらは知らんが潜鱗虫は普段は地面に潜っているらしいからな!! 木の上に逃げれば、もしかしたらその場凌ぎにはなるかもしれない!!」

いうなりレナは目の前のドラゴン桜に更に勢いを付けて突進し、うまく足を掛けるとそのまま垂直に駆け上る。

「マトリックスかよ!!」

呆れながら司も前方にジャンプして桜の1番低い枝を掴み、体操選手が鉄棒を使ってやるように半回転をして桜の上に立った。

上に逃げた司たちの直ぐ後ろに迫っていた潜鱗虫の群れは、勢いを殺さずに桜へと突進したが、どうやら昇る事は出来ないらしく下で異音を響かせながら周囲をグルグルと回り始める。

やれやれと思っていると、司の隣にレナが木を飛び移ってきた。その手並みはもはや狐というよりは猿である。

「おめでとう! レナはキツネからキツネザルに進化した……じゃないや、退化した……違うか、突然変異した?」

「何をくだらない事を言っている。それよりも今後の事だ」

「今後も何も、後は木の上を飛び移りながら連中に悟られないようにモルタージュに帰る……じゃダメ?」

そんな分かりきった事をと思って司は言ったが、レナの様子から見てそれは不可能な話だと悟った。

「少なくとも潜鱗虫は私がこっちの木に移った事を知る事が出来るようだ。元の木の下にいた奴らがこっちの木の下に集まり始めている」

悟りは正解だったようである。何かしらの器官で司たちをしっかり追尾できるのだろう。

司は少なからず落胆しながら言った。

「……そいつはいいニュースで。他に何か知っておくべき事は?」

「こいつ等の生態はまだあまり分かっていないがな……知っての通りドラゴンの生き血を吸うという特徴がある」

「い、生き血……ぞっとしないね本当に」

思わず司が下にいる潜鱗虫をマジマジと見てしまう。すると体の前に大きく開いている口らしき部分の中に注射針のようなもの発見する事が出来た。

無論サイズは途方も無く違ったが。

レナも同じものを見ていたらしく、少し顔を引き攣らせながら話を再開する。

「全くだ。だがドラゴンはこんな天敵のわんさかいる場所にわざわざ突っ込んでくるはずも無い。しかし奴らの住む山脈の風の影響とか嵐なんかの影響で、年に何匹かこの森に流れてくる」

「すると……?」

「ドラゴンは鳥のように風を飛んでいるのではなく、風に飛んでいるのは分かるな?」

「そうだね、あんだけデカけりゃ羽ばたくのは大変だもん。飛行機みたいに飛んでいるって訳ね」

「そうだ。離陸するのに助走を必要とするのも似ているな。で、普段は山の下から吹き上げる風に乗っかって飛び上がるんだが、こんな森に上昇する風など滅多に吹かないだろう?」

「なるほど。だからもし1度でも地面に落ちてしまったら、揚力が足りなくて飛び上がれないと」

「正解だ。そしてそこを潜鱗虫がってたかって喰らい付くという訳だ。地に堕ちたドラゴン程動きの鈍い生き物もいないからな。狩りもしやすいし、そいつ1匹で相当な数の潜鱗虫が相当な期間生きている事が出来るらしいし、これ以上とない程の獲物だ。だから奴らは絶対的に少ない餌をじっと待つ。私たちが冬の間に春を待つようにな」

「……待つのが得意と言いたいのは良く分かった。耐久戦に勝ち目は無いのね」

うんざりしながら司は話を切り上げた。

このままではらちが開かない事など司もレナも重々承知だったが、だからといってモルタージュに潜鱗虫を引き連れて帰ったりする事など出来るはずがない。

「八方塞りッスねぇ」

「うわっ!? いつの間に来ていたんだよ!? ってうわっわっわぁっ!?」

いきなりウィローが首を突っ込んできたので司は驚いて仰け反ってしまった。危うい所でレナとウィローが司の腕を掴んだが、それが無ければ潜鱗虫の群れの中へとまっ逆さまだっただろう。

「え〜と、レナ姫が司に潜鱗虫の説明をしていた時にはいたッスよ」

「ぜぇっ、ぜぇっ……それなら、もう少し存在感を出して……」

びっくりはしたが後ろめたい所は無いという顔をしながら喋るウィローに、司はそう言う事しか出来なかった。

そんな司を見て、相変わらず抜けているなとレナは少しの間小さく笑っていたが、気を取り直してウィローに質問をぶつけてみる。

「ウィロー、何か……」

「あったらとっとと実行してるッスよ姫」

「「「……」」」

3人寄れば文殊の知恵ということわざはあるが、獣人にはどうやら当てはまらないらしい。











「ご苦労様、クルーズ。よく生きていましたね」

「一時は本気で死ぬかと思ったぜ……」

「んもぅエアちゃんったら! 私がクルーズを殺しちゃうわけないでしょっ!? ちゃんと200キロぐらいまで落としてからぶつかったよ!!」

そういう問題ではないが、エアは敢えてスルーした。

「では今の状況を説明します」

「クルーズ、スルーされちゃった……」

「落ち込むなよケイティ…………てか自覚ありかよっ!?」

「てへっ、バレちゃった」

このこの〜と周囲の目を気にせずにポカポカ殴っているクルーズときゃぁきゃぁ言いながら逃げ回るケイティを見ながら、こいつ等もバカップルかとエアはうんざりする。

「説明しますよ。まず1、ウォードック隊は全機撃墜されました」

「はぁっ!?」

いきなり告げられた事実にクルーズは大声を上げてしまった。

「おいっ! レナ姫は無事なのかっ!? なんでこんなにのんびりしている!!」

「落ち着いてくださいクルーズ。現場にF−5の編隊を送れるように作業中ですし、救出プランも練り上げた所です。後は機体が届くのを待つだけなので、今の内にマニュアルを読んでおいて下さい」

「……機体待ちって……今度は何に乗せるつもりだよ」

クルーズはまたロクでもない物に乗せるつもりだなと警戒心を高めたが、エアがそれには及びませんとばかりの自信でマニュアルを渡した。

「今回この機体がRI社から提供されると知った時は本当に驚きました。私たちの世界でも最近作られたばかりの最新鋭機なので」

「ほほ〜う、そいつはさぞかし高性能なんだろうなぁ」

「勿論です」

エアがニヤリと笑ったので、逆に不安になるクルーズだった。











ぐぅううぅぅうぅうううぅううう

「腹減った……」

「言うな……」

「言ったら余計に体にこたえるッス……」

下で蟲が大合唱を続ける中、お腹の虫もその一員となり歌いだした。











整備の終わったF−5が次々に離陸し、轟音を響かせながら上空で編隊を組む。といっても皆が初心者なのでロクな形にはならなかったが。

それでも士気は高く、比較的操縦のうまい者を筆頭にレナたちのいる森へと迷い無く進む。

「そろそろですかね」

F−5が全て飛び立ち、動くものの無くなった滑走路を見ながらエアが言った。

「何が? ってかこれ何書いてあんだかサッパリ分からん。もっと分かりやすいのはねぇのかよ」

F−5で直ぐに現場に駆けつけれない事でふて腐れたクルーズが、新しい機体のマニュアルを半ば八つ当たりのように放り投げて言う。

その態度を見て、エアは涼しげな顔で思った事を口に出した。

「ナイスガイは今流行の英語すら読めないものなのですか。私はどうやら思い違いをしていたようです」

「……」

これにはクルーズもグゥの音も出せない。仕方なくもう1度マニュアルを読み直し始めた。

クルーズの行動に満足してエアが何か無線に何かを言い始める。それから周波数を替えて滑走路全体に設置してある屋外スピーカーから放送を開始した。

「……皆さん! 危険ですので今から滑走路への進入を禁止します! そこでアメフトらしき遊びを興じている整備班の方は間違って進入した場合死にますのでそのつもりで!」

やる事が無くなったので、F−5のスペアタイヤをボールに見立てて遊び始めた整備員たちにもエアが警告を放ったが、聞こえた様子は全く無い。

だがしばらくすると、滑走路の奥にある格納庫ハンガーの扉の隙間からモンキーレンチが飛び出してきて、丁度タイヤを持っていた犬獣人の頭を強打した。レンチはそのまま飛行を続け、ブーメランの要領で発射場所へと戻ろうとする。

そして途中でハンガーから出てきたミーシャにパシッと受け止められた。お世辞にも機嫌がいいようには見えない。

ミーシャが無表情でゆっくりこちらに来るのをクルーズは少し恐怖して見ていたが、整備員たちはそれどころでは無い程おののいて、ガタガタ震える者も出す始末である。

やがてミーシャが整備員たちの前に立つと、静かに怒りを吐き出し始めた。

「……さっき、やる事があるからF−5の兵装装着が終わったらさっさと戻ってきてって言わなかったかしら?」

「「……は、はい」」

「いい機会だから貴方たちだけで兵装をやっちゃいなさいって言ったのは、別に貴方たちに遊んで欲しいって言った訳じゃないのよ?」

一同が黙り込んでもミーシャは喋るのを止めない。

「それともアレなの? ミサイルの構造解析とか飛行機の設計理論とかの研究は私1人がやればいいという事なのかしら?」

「い、いや……そういう訳なんじゃないんスけど」

「ならどういう意味なの? 教えて頂戴な」

相当御冠おかんむりらしく、ミーシャは決して追撃を止めようとはしなかった。

「来ました」

ミーシャが更に説教を続けようと整備員全員を正座させようとした時に、エアが主役の到着を告げる。それは即ち整備員たちの救世主メサイアでもあった。

滑走路の中央に正方形の光の帯が現れる。腰につけるベルト程度の幅の帯は、黄色と黒の縞々の帯と赤の帯とに別れて空中でグルグル回っていた。そしてクルーズは、これでもかという警戒色の帯の中に、英語が踊っているのを発見する。

「ん〜……WAわー…………………………INGぃんぐ?」

WARNINGウォーニング……危険という意味です。一応読めるんですね。あれはAPUアプ を使った警告テープです」

「あ、アプぅあっ!?」

「そのアプというのはなにかしら? エアさん」

さっきの不機嫌はどこへやら、新しいおもちゃを与えられた子供のように目を輝かせながらミーシャがクルーズを押しのけてエアに迫った。

Air空中Projection投影Unit装置の略です。頭文字を取ってA.P.U、アプとローマ字読みをします。詳しい話は後でしますので……あ、目を閉じた方がいいと思います」

「うわ!?」

毎度の事ながらの遅い注意に、いい加減タイミングを良くして欲しいとクルーズは思う。エアが話している最中に帯の中心から閃光が発せられたのだ。

そして閃光が消えて目が慣れると、ソレは二つの巨大なプロペラを回転させながら鎮座していた。





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