静かな山奥に夜の帳が下りたのはだいぶ前だったが、RI社の実験施設のある浜藤飛行場がそれに従う気配はまるでない。

むしろどんどん五月蝿くなっている。

F−15RSの強力なエンジンが奏でる排気音やAD−64RSのローター音が周囲の山々に響き渡り出してまだ10分程しか経ってないが、もし近くに民家があったなら苦情のベルをそのアグレッシブな大合奏に加えていただろう。

そんな騒音を出す戦闘機や、白衣の人間やら自衛官のような人間やらはあるものを見守っていた。

滑走路の上にある戦闘機である。

ただし周囲を旋回している戦闘機群とはだいぶ趣が異なり、その流線型のフォルムは果たしてちゃんと空力計算をしたのか疑えるような、エース・コンバットの架空機体さながらのデザインだった。

「じゃ司。初飛行よろしく!」

「ちょっと待ってよ姉さん! 僕は一般の高校生だよ!? なんでこんな得体の知れないものを動かさなきゃなんないの!? てか動かせる訳ないじゃん!」

ハスキーな女の声に呼応して男の子の叫び声が上がる。機体の横でスレンダーな体つきの白衣の女と学ランの男子が口論をしていた。いや、男子が一方的に叫び、女が流しているという構図だ。

「オートパイロットだから大丈夫よ。ADPPCのおかげでゲームのような感じで操縦できるし。あんたはただ乗ってりゃいいの! それであと2年メンドウ見てやるんだからいいじゃない。ギブアンドテイクよギブアンドテイク」

「姉さんはギブするのが多くてテイクさせてくれるのが少な過ぎなの! 帰る!」

男子、了田司が帰ろうとするとどこからともなく黒人黒スーツサングラスのSPのマイクさんが現れ、彼の進路を塞いだ。

「H,hi mike.Hereafter ,I will retune,Though it is happy if  is possible to retreat there」
(ハ、ハイマイク。僕はこれから帰るんだ。そこどいてもらえるとハッピーなんだけど)

司がかなり流暢なクイーンズイングリッシュで喋る。退いてもらえるかと聞かれたマイクは女、了田遥を見る。

「Do」
(やっちゃって)

「Yes,maam」
 (イエス、マアム)

遥は無慈悲にマイクに指示を出した。

「hey,heyhey! Is my intention disregard? Because it will return to the house in the future and it does suitably!」
(ヘイ、ヘイヘイ! 僕の意思は無視かい? これから家に帰ってヨロシクやるんだ!)

「It is likely to be able to do suitably of the extent that you can do also on emptiness. I am getting money from your elder sister. Therefore, I do not want to bully you so much」
(お前ができる程度のヨロシクなら空の上でもできるだろうよ。おれはお前の姉さんから金を貰っているんだ。だからあまりお前を苛めたくない)

マイクは指をポキポキと鳴らした。

司は青ざめながらも悪あがきをする。

「um……May I return because my small bird is waiting?」
(あの……僕の小鳥ちゃんが待っているから)

「It is a chance to become the parent bird happily. Give it up 」
(その親鳥と仲良くなるチャンスだ。諦めろ)

司はこの世の全ての恨みを詰めたような目で遥を見、戦闘機を見、ため息を吐いた。

「なんでここの研究員を使わないの?」

「事故るとヤバ「帰る」いか……マイク」

「いーやーだー!! はーなーせー!! 僕は帰るんだあぁぁぁあ!!」

司の叫びは騒音にかき消された事にされ、問答無用でコックピットに詰め込まれた。

遥とマイクは戦闘機から離れ、この日のために設置された野外モニター設備に移動する。

「システム起動して! 色は?」

「オールグリーンです!」

「モニター!」

「良好っス!」

「上空は!?」

「進路上障害物なしです」

「司!」

「僕は人ばし……」

キャノピーが閉まり最後まで聞くことはできなかった。

「ご愁傷様です」

研究員の誰かがボソりと言った。

「社長! いつでも始められます!」

「主任っつえってんだろーがコラ!!」

F−15RSがちょうど上空を通過したにも関わらず遥の怒声はよくきこえた。静かな所では絶対に聞きたくない音量である。

「……主任!始……」

「発進!!」

遥はあからさまなスイッチを取り出しボタンを押した。

エンジンに火が点る






   「ナニナニナニ何が起こってんの!? え、エンジン点いてない!? ちょ、ちょっとマジでヤバいんじゃね!? おーろーしーてぇぶっ!?」

司の体が後ろに押し付けられた。速度計がコマ送りで表示を切り替え地上でマッハに迫らんばかりになった。

「……………と…………め……………グェ!?」

今度は一気に1,000フィートまで跳ね上がる。Gで体がグチャグチャになりそうなものだが、なんとか司の体は原型を留めていた。

それでも9G位は加わっていたが。

「……………………死……………………死む………………」

薄れる意識の中、藁にもすがる思いで手探りをする。

その指がボタンに触れた。





実験機の観測をしていたレーダーから光点が全て消えた。

「!? 実験機、ロストしました!」

「全データすっ飛びました!! ヤベェ、俺の大事なデータが!」

「該当空域において閃光が確認されています。墜落したのではないでしょうか」

遥がモニターを覗く。

「今までのデータのバックアップは?」

「ハンディカムの映像くらいなら……」

記録員が手を挙げる。

「それ見せて。あと護衛機全部引き上げて。燃料もったいないし」

「え……どこかが撃墜したかもしれないのにですか!?」

「あの機体には私たちの組んだアビオニクスが乗り込んでいるのよ。アメリカなんかのミサイルが使われたとしても落とされる訳ないじゃない。それに少し心当りがあんの」

世界一の軍事大国に対してずいぶん強気な発言である。

遥はハンディカムを受け取ると再生し始めた。

運の良い事に事故の起きた時はちょうどモニターが写っていた。

機体が順調に航行している。司の悲鳴が聞こえそうだと遥が思うくらいの速度だったが。

と、何の前触れもなく画面がフラッシュ。次の瞬間には実験機の光点は消えていた。

遥は冷や汗をかき始める。

「あ〜。なんか私のせいっぽいや」

遥は呟いただけだったが、先ほどとわ打って変わって静まり返った飛行場にその言葉はよく響いた。

「……ナニやったんですか?」

研究員の一人が尋ねる。

「次元転送装置……積んじゃったみたい」

風が吹き、遥の肩まで掛かる栗色の髪が揺れる。

「……なんなんです? それは」

「いや、暇なときに作ってたの」

この言葉がスイッチになる。

「ヒマ……暇? 暇!? 暇ァ〜!? 私の聞き違いでしょうかっ!?」

「主任!! いつもいつも弟の世話を看病をって5時退社してたじゃないですか!!」

「私たちの5徹はなんだったんですか!?」

研究員たちが火砕流のような勢いで遥に詰め寄った。

「あ〜……弟を探しに行かなきゃ……さらば!」

遥の足下で閃光が起こり煙幕が吹き出る。胡椒入りの煙が晴れる頃には遥の姿は微塵も無くなっている…………訳もなく、50メートル程離れた所を愛車のアストンマーチン目指して全力疾走していた。

「「「コラ待て主任ぃいいぃぃぃいいいん!!!」」」

部下の研究員たちも自分の車目掛けて走り出す。

この後、2時間に及ぶカーチェイスを繰り広げることになる。





  
前へ      戻る      次へ


トップに戻る