激しい光と振動が司の意識を引き戻した。
「……ッ……カハッ……い、生きてる……?」
速度計は300マイル、高度は10,000フィートを示している。どうやらさっきのボタンは緊急停止ボタンの類らしいな、と司は思った。
「腹減ったなぁ。姉さんに拉致されてから何も食べてないしなぁ」
『地上に降りますか?』
「うわっ!? 誰!?」
司が独り言を呟くと女の声で返事が返ってきた。そういう状況は想定しているかしないとかなり驚くものだ。
もちろん司もかなり驚き、思わず操縦桿を引いてしまう。
これが普通の飛行機ならロクに反応しなかっただろうが、世界有数のコングロマリットであるRI社製の最新鋭機は普通ではなかった。
3次元ベクターノズルとカナード翼をフルに使い急上昇。司が慌てて操縦桿を倒したのに合わせてパワーダイブをする。普通なら空中分解しているだろう。
その後少しの間、機体はブレイクダンスを踊っていたが、司が操縦桿を離した事でそれも終了する。
『……落ち着きましたか?』
「ぜぇ……ぜぇ……お、おかげウップ……様で……幽霊さん」
『幽霊じゃないです。私はA・I・Rと呼ばれている自立式アビオニクスです。仮の名前ですがこのまま正式名称になりそうなのでそう呼んでください』
彼女はハキハキと喋る。その声質に機会風のイントネーションは欠片もない。
「はぁ、了田司です。宜しく。……でも人類は遂に自律式AIを作ったんだ。……降ろせぇぇぇえ!! そういうAIって大概狂って人を殺し始めちゃうジャン!! 殺される〜!!」
『本当に殺すつもりなら今ここでキャノピーを開けて放り出します。まぁ一時地理状況をを掴むために降りることは推奨しますが……危険な状況がある可能性があります』
司は親が周海山で熊と遭遇した話を思い出したが、それは30年前の話だ。少なからず開発の手が入っているはずなので危険があるのか疑わしいなとも思った。
が、自称A・Iは別の問題を気にしていた。
『いえ……どうやらここは飛行場周辺、浜藤市ではないようです。先ほどからGPSの受信ができないので確証はないのですが。ここから観測できる地形パターンは私のデータにありません。神奈川県周囲にこの地形は………少し上昇します』
「うわっ!?」
一気に30,000フィートまで上がる。下に広がる景色に少し圧倒された司だが、すぐに違う思いが心を鷲掴みにする。
下には緑しかない。
富士樹海もかくやという森林が見渡す限り広がっていた。そこには人の営みや海抜500メートルを誇るシーマークタワーはもちろん、ここからなら見えるはずの浜藤湾すら見当たらなかった。
『……………………調査完了しました。どうやらこの森は周囲300キロ程を覆っているようです』
「……そんな地形って日本にある?」
これまでの展開的に諦めながらも、いや諦めたからこそ司はエアに聞いた。
*
環状3号線は平和な道路だと白バイ隊員の秋山は思っている。月に1度暴走族を追いかけたら多いほうだからだ。確かに県内有数の事故発生ポイントはあるが、先月から取り締まりを強化したため事故も少なくなっている。そんな閑散とした道路で……
「「「待てコラ主任ぃぃぃいいいん!!!」」」
1台の高級車 VS 異種乗用車がデッドヒートを繰り広げていた。
「こら〜! てめ〜らやるなら俺が非番の時にやれ〜!!」
秋山らも必死で追いかけるが悲しいかな、車の性能と運転手の技量が違い過ぎた。
「うわっ! ぶつかる!!」
時速200キロ以上で走る車の群れの前に県内有数の事故発生ポイント、魔の180度カーブが迫る。80キロでも十二分に事故の起こる所に2倍以上の速度で突っ込むのだ。大惨事になるのは目に見えている。
白バイを止め、救急車を呼ぼうと無線を取り上げた秋山はおかしな事に気が付いた。
クラッシュ音が聞こえない。
慌てて追跡を開始すると魔のカーブには大破した車どころか暴走車の群れもない。
まさかスピードを落とさずに曲がった?
なんにせよ今から追いかけても追いつく筈がない。秋山らは取り敢えず署に帰ることにした。
*
「しつこい奴らね〜。もっとボンドカーみたくするんだったわ。ねぇヴァッシュ、なんかオイルを地面に流すとかバナナの皮でスピンさせるとかできないの?」
『使用されるのであればそういう機能を付けてくださいマスター。話はそれからです』
遥の独り言に渋い声が返ってくる。どうやらこの車にもエアのような自律式AIが組み込まれているようだ。
その証拠に遥はハンドルから完全に手を離し、ラッキーストライク(スーパーマイルド)を燻らせている。
「ん〜本当に司を探す予定なんだけどなぁ。なんであんなにみんな怒ってんだろ」
『マスターのその自己中心的な行動によって溜まった鬱憤が遂に爆発したと推測しています』
「……歯に衣を着せようとしないかなぁアンタたちは。アシモフうんちゃらは入れてないとしてももうちょい機械と人間という立場を考えてみたら?……それはそうとあいつらはなんで付いて来れるの? さっきのキツイカーブも普通に曲がってきていたし」
車を全自動化しているのは遥の車のみだ。車自身が動くのと人間が動かすのとではだいぶ差が出るはずだが、彼女の部下たちはそれを感じさせない。
『というより追いつかれますね。後10秒程で』
「だわね。しょうがないな〜。箱乗りするから揺らさないでよ」
『Yes,Master』
(イエス、マスター)
遥はハンドバックからグロック26系統の銃を取り出した。刻印にはHSとしか無く、何口径の銃か分からなくなっている。
「じゃね」
遥は直ぐ後ろに迫った副主任の阿部の車のタイヤに狙いを定め、引き金を絞った。
ファイファーツェリザカも驚くぐらいの大音量が手の中でする。心なしか反動で車は浮いたように思える。
阿部の車はというと……
「覚えていてくださいよ主任ぃぃぃいいいん!!」
弾はタイヤどころかリムまで貫通し、車をスピンさせた。阿部は最先端を走っていたので後続がそれに突っ込み、続々とカーチェイスをリタイアする。巻き込まれなかった車も彼らを救出するために止まるだろう。
「私を捕まえようなんて100年早いのよ阿部君。せめて15センチを超えてからにしなさい」
遥はマズルから立ち昇る硝煙をフッと吹いた。
『……恥ずかしくないですか?』
「それは言わない約束よ。で、撒いたわけだけど……司はどうしようっかな〜。いいや、あいつ自身でなんとかするでしょう」
『人間の兄弟というのはもっと情とか絆があると思っていましたが思い違いだったようです。弟として生まれた司様のご冥福をお祈りします』
「あら、あいつなら大丈夫よ。あの順応性と悪運と両さん並みの生命力はお墨付きよ。そこだけは感心してあげるわ。どんなとこ行ったってなんとかやるわよ」
『……ちなみに一つ聞いてもいいですか? なんのために次元転送装置なるものを作ったんです?』
「暇つぶし」
喋る高級車は走ることに専念する事しかできなくなった。
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