答えが帰ってきた。
『もちろんある訳ありません。アマゾンとか中国の奥地とかしかないほどの森林面積ですから。というより地球ですらない可能性が99.999999999999999%あります』
「それ、高過ぎでしょ……」
『月の形状は同じなのですが、星の配置や大気成分などが違います。まぁ成分に有毒性はないようですがデータがないので判断し兼ねます。……この判断はバグによるものという可能性も捨てきれないので先ほどは100%地球以外の場所だと言い切れませんでした。裏づけをとるためにアポスミサイルを発射してよろしいですか?』
「好きにしてよもう」
ガコンと駆動音が鳴り、機体の下から天空へ白煙が伸びた。直ぐに司には見えない高さまで昇っていってしまったがエアが画面横にズームした画像を映し出して確認することができた。
高度36,000キロまでアポスミサイルは上昇する。地球で言うと既に宇宙だ。その間、たったの10秒である。
「……うお〜い。僕の姉さんは宇宙人ですか?」
独りゴチしながらもあの姉ならあながちありえなくも無いなと司は思った。
『ただいま各衛星が予定軌道に移動中。2分53秒後に完了します』
「ところでさ」
『なんでしょうか』
「エアの中に食料とかある?」
司の腹の虫が鳴る。彼は今まさに空腹と戦うという阿修羅道にはいっていた。遥が夕食を奢るといったので生活費を少しでも浮かすため、昼からナニも食べずにいたのだ。待ちに待った奢りの時間になると遥はちゃんと現れ、司をレストランに案内したのだがそこで最初に出されたメニューが
水道水
”ミネラルウォーター(睡眠薬入り)”
だった。それから今まではかの如し。
「ほんとタダより怖いものはなしだよ。……で、ある?」
『私をなんだと思っています?』
「え、じゃああるの!?」
カロリーメイトくらいならありそうだと思い聞いたのだが本当にあるとは思っていなかったので、エアの反応に司は顔を輝かせた。
『戦闘機に食べ物を載せるスペースがあると思いますか?』
「……」
なら思わせ振りな発言すんなと司は悪態を付いた。それに合わせて機体が左右に振動する。どうやらエアが笑っているらしい。
『……衛星軌道にのりました。世界地図を作成中です』
司の目の前にメルカトル図法の地図が現れる。が、日本はおろかユーラシア大陸やアメリカ大陸すら表示されていなかった。
『大陸は2つ。どちらもパンゲアのような形ですね。表面積が4億8791万4162平方キロで85%が海です。陸地面積は7318万7124平方キロですね。陸地は大体地球の2分の1程度の広さでしょうか。あと、一部に巨大な人口フロートを確認できますね』
「本当だ。やたらとデカいフロートがある。てかデッカ! このフロートでっか! なんか伏線のありそうなクレーターチックな山脈もあるし。やだよ〜冒険なんて。あれだけ面倒くさいモンは他にないからね」
『いつも冒険しているという口ぶりですね』
「家で生活する事即ち冒険なり、だ」
『なるほど、納得しました』
ぐぅぅぅぅ……
「う……腹が……」
腹は減り過ぎると痛くなるものだ。彼も例外ではない。
「頼むから……降りて……」
『了解しました。3キロ先に空き地があるのでそこに着陸します。非友好地帯の可能性もあるため武器を携行してください』
「いや、普通に武器になりそうな物なんて持ってないから」
『その肩から提げているものはなんですか?』
司が見てみると確かに何かがぶら下がっていた。エジェクションポートがあればグロック26に見えなくもない。
「こんな粗悪なオモチャが武器になんの? これ何製? マルイに作ってもらったら?」
『オモチャではありません。歴としたRI社製のエコガンです』
「……なんだその無茶苦茶安っぽいネーミングは」
『命名は遥様なので仕方ありません。まぁネーミングはともかく性能はお墨付きです。銃身に100兆個ある1ナノメートルの穴から空気中の窒素を吸入し、遥様の改良した常温式ハーバーボッシュ法で火薬を生成します。弾は付近の土等をカートリッジに詰めると9ミリの硬質ガラスの弾頭になりますのでそれを使用します。両方とも生成サイクルは10秒。1回の生成で11発使用使用可能です。ケースレスなので隠密行動に向いています。基本的に土さえあればいくらでも撃てるので費用対効果は抜群です』
「RI社ってオーパーツ製作所だっけ」
「ほとんど遥様の発明ですよ。確かに未来人だと言われれば納得しますね。了田家は奇人をよく輩出するようですから」
司は僕は奇人じゃないぞと言いかけたが、親や姉があんなで、さらに自分も人より変な経験をしているので口を閉ざしてしまった。
司の父親はRI社など”世界の”と呼ばれる大企業を5つほど育て上げた凄腕起業家だ。もっとも業績が軌道に乗ると社長の座を明け渡し、また1から企業を作るアウトサイダーだが。そんな彼は今、インドにいて、IT関連の企業を作っているはずだ。
母親の方は探検家もといインディー・ジョーンズもといララ・クラフトとして活躍中である。もう30後半のはずだが、伝説の秘宝を発見したという報告と、DARPAと殺り合い12人殺したという報告と、不特定多数の血のついたよく分からない置物を届けてくれた過去を持つかなり行動力のある女性である。ちなみに過去とは先週の金曜日のことで、ダンボールを開けたとき顔が引きつったのを司は覚えている。遥は元気だね〜と笑っていたが。
遥はというと周知の通りのマッドサイエンティストであり、現RI社社長である。
当の司はというと……
『変人たちのオモチャですね』
「それを言うな。僕は普通を愛しているんだ。なのになんで普通に生活させてくれないんだか。ハァ、普通の家に生まれたかった……」
なんというか、不幸な主人公という役柄を満喫させられていた。家族にかなり振り回されてきたため、あらゆることをそれなりにこなすという特技を身に着けたが、それはどちらかと言うと器用貧乏という体である。
イイイイイイイイイイイィィィィィィ……
エンジン音のトーンが落ちる。どうやら空き地が近づいたようだが……
「ねぇ……あれ、どう見ても木に突っ込まない?」
司の言う通り、空き地にはエアの機体がピッタリ入る程度の広さしかなく、飛行機では着陸できないように見えた。VTOL機だったとしても速度が速過ぎる。
が、エアは気にせずどんどん高度を下げた。
100……………50………………30…………………
司が目の前に迫った木にぶつかると身構えた時、機体が急激に減速して停止した。高度28フィート。地面と機体の間にはなにもない。完全に宙に浮いていた。
そのままエアは垂直にゆっくり降下し、無事着陸する。
「……これって何で動いているの?」
『超伝導電磁エンジンです。特許は買い取りました』
「……もういい。何も聞かない」
これ以上遥の織り成すミラクルワールドに関わらないぞと誓う司だった。
『周囲50メートルに大型生体反応なし。安全なはずです』
キャノピーが開き、ドッと新鮮な空気が流れ込む。離陸してから30分と経たないが、既に何日も経ったかのように司は錯覚した。
早速彼は安全ベルトを外し、地面に飛び降りる。回転しない地面の恩恵を━━面倒くさい状況に陥っているのを別にして━━無事、噛み締めることができた。
『今は安全ですがいつ厄介ごとが来るかは分かりませんのでエコガンを試していてください。……ってもうやってますね』
「いや、新しいものってやっぱ気になるから」
司はエアに言われるまでもなく土をカートリッジに詰めていた。銃に差し込むとブーンと音が鳴り、少し銃身が温まる。音が鳴り止んでから取り出してみると、透明な弾が並んでいた。
「すげ〜。なんか6歳の誕生日にレーザーガンを貰った以来だよこんな気持ち」
「それは良かったですね」
銃をいろんな角度から見ていると後ろからエアの声がした。ただし電磁声帯からの声ではなく、生の声帯のからの声だったという違いはあったが。
「……エア……さん?」
「いきなり”さん”付けですか。さっきまでエアでしたのに。普段の生活態度が十分理解できます」
司の目の前にいる少女は静かに微笑んだ。
「あれ……エア、さんってAIじゃなかったっけ?」
「確かに名称は紛らわしいですよね。A(nata)I(makara)R(youda haruka
ni tukaenasai)ですもの。まさかローマ字読みで命名するとは誰も思いませんからね」
彼女の人権は何処に行ったのか司は考え込んでしまった。
「あぁ、私が望んだ事なんです。私は生前……心臓が動いているのに生前っておかしいですね。……生前に自殺しようとしたらしいんです。その時に遥様の目に留まったらしく『どうせ死ぬなら私のために死ね』みたいな事を言われたらしいんです」
「……無茶苦茶だよ姉さん」
「まぁそれに共感した私も私なんですけどね。それで何をされたかというと、その頃に攻殻機動隊の連載が始まりまして……」
「士郎正宗の?」
「そうです。義体とか電脳とかいろいろやりました。今はどちらかというとEDENのレティアみたいな体に改造されていますが」
了田遥の研究の対象はハリウッド映画・日本のゲーム・漫画etcetcのとんでも技術だ。あったらいいなと思う描写をみつけたらそれを実現するために湯水の如く金を投入する。もっとも彼女の場合は湯水の如く金を使うのではなく、金の如く湯水を使うと言えるのかもしれないが。
ただ、どれほどの大金を投入しても作られたものが世に出回る事は無い。一部を除いて日常ではとても使えない上、やたらと高いというものがほとんどだからだ。仮に実用化しても特許権(著作権?)がどういう扱いになるのか誰にも分からない事も挙げられる。
エアの話は終わった。少年誌の主人公ならひどいとか許せないとか言って復讐劇にでもしなくてはならないのだろうが生憎司は熱血漢ではなく、普通の高校生だったので、他人の人生にとやかく口出しをする精神は持ち合わせていなかった。だから
「そうなんだ。……でさ、話変わるけど……。その体ってお腹減らない?」
こんな情けない切り替えしかできなかった。
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