「はぁ、久々に肉を食った気がする」

「1発で当てるなんてすごいですね。どこかで射撃訓練でもうけていたんですか?」

30分後、彼らは焚き火の前でウサギ(のようなもの)の丸焼きに齧り付いていた。今回ばかりは暴君である母に感謝する司だった。お母さん、10歳の時カンボジアのジャングルに置き忘れてくれてありがとう。おかげで今ご飯に有りつけています。

「まぁ……何度もこんな経験してるし……」

「なにか言いました?」

「別に〜。あ〜近くに海があれば良かったのに。そうすりゃ塩でも作ってもうちょい味気のあるものにできたんだけどな」

今、彼らの側にクラフト(実験機の事。エアが体を持っている以上機体には別の名称が必要と司が判断した)はない。基本的のどんな所ででも浮いていられるため、行動の邪魔にならないようにお空の彼方━━具体的には36,000キロ上空の静止軌道上━━で羽を休めている。

「さて……どうしよっか」

司が今後について切り出す。落ち着いた対応の仕方だ。

「司様が決めてください。私は機械ですからそれに従います」

「いや、様付けはやめて。それに僕は一般人だ。こんな状況になったことはごまんとあるけどあくまで一般人として行動する事をモットーにしているんだ。……普通の人ってここでパニクるんだっけ」

「見事に自爆していますね。大丈夫です。あなたは一般人ではありません」

「そだね。じゃ取り敢えず保険としていつでもクラフトを降ろせるようにしといて。なにかあったら超特急で来させる様に。後、知的生命体が周囲にいるか調べて。アポスだかアポロだかで分かるでしょ?そういやあれどういう仕組み?」

ハキハキと指示を出す司に直ぐにエアは答えた。

「ナノ偵察衛星を1兆個ほど弾頭に詰めたミサイルです。打ち上げられた後はそれぞれが所定の位置に付き、ネットワークを作り上げます。スペースデブリとして敵の人口衛星にぶつけて壊すことも可能です。まぁお得なものと思ってもらえればよろしいかと。……で、1番目の指示は了解しました。その後の指示への答えですが、必要がないと判断します」

「いや必要があるから……?」

その時になって司はようやく喧騒に気が付いた。もちろんお約束として音は大きくなる。

「……あの声は?」

「なにかを追いかけてるというものではないでしょうか。良かったですね。ものを考える手間が省けましたよ。こういうのは追いかけられている人と友好関係を築いて仲間になるというセオリーです。流れに身を任せちゃいましょう。第一波、今!」

エアが言い終わると同時に司の後ろの茂みが揺れた。慌てて逃げようとする司だが後の祭り。

「でっ!?」

「きゃっ!!」

司は衝撃で吹っ飛び、エアの直ぐ横に墜落した。吹っ飛ばした女は司の体を吹っ飛ばすのに運動エネルギーを使い切ってはいたが、何分虚を突かれたので尻餅をついてしまう。

これがさいばあな世界の学校に遅刻しそうな時だったならそのままラブストーリーへ直行だが、ここはさいばあでも平和な世界でもなさそうだった。

第一司はいくらアグレッシブな体つきの女でも、頭が狐になっているヒトに恋をする肝っ玉はなかった。

「ば、ば、ば、化け……」

「えぇい人間が2匹か! 来い!」

狐女は叫ぶと間髪入れずに司とエアを引っ掴んで跳躍した。

「ななななななななんできつ━━」

「喋ると舌噛むぞ人間! 黙ってろ!」

狐女は司とエアがいないかのように軽々と森を駆け抜けた。司は後ろ向きに抱えられていたため、後ろから追いかけてくる集団も見ることができた。

「Oh,men……」
(マジかよ……)

思わず司は呟いた。追跡者たちも狐女のような動物の頭をしたものたちだったからだ。草食動物の姿は見当たらなく、肉食か雑食しかいないらしい。

その悪夢の集団の1人(猫頭)がリボルバーを構え撃ってきた。

空を切って飛んできた弾は狐女の肩を撃ち抜く。

「ぐあっ!」

「うわっ!?」

「……」

狐女は反動で転倒、司は再び宙を舞い、エアは前転をしてから軟着陸をする。

狐女は起き上がろうとしたが第2、第3の銃弾に手足を撃ち抜かれ、その場で動けなくなる。

「よぉ〜やく捕まえたぜお姫様。少し手荒なマネをしちまったが逃げる方が悪いんだ。ってことで許してもらえるかな?」

「ぐ……」

集団の中から虎頭が出てくる。どうやらこのシュールな光景の親玉のようだった。

虎頭は狐女の側に立つといきなり脇腹を蹴り上げた。

「かはっ!?」

「なぁ、俺たちも別に好きでこんな事をしている訳じゃないんだ。分かるか? 酒と肉と女がありゃ世は事もなしさ。で、そいつを手に入れるには? 金だよ。ビジネスだ。そこで……」

再び虎頭は蹴り上げる。

「ぐっ!!」

「俺たちはか弱い乙女のお見送りをしてあげていたって訳だ。それがなにが嫌でヒトを殺すんだ? 死んじまったウォレフの女房や子供は誰が養うんだ。オイコラ! 聞いて……」

パキッ

「あ、やべっ」
「静かに……」

小枝の折れた音がした。一般人なら聞き逃してたであろうという音量
だったが、この悪夢の集団は一般人ではなく……

「ハハ……やっぱ……聞こえちゃった?」

無言で逃げようとしていた司たちを凝視していた。

「あぁ? 人間? こいつらは北に籠ってたんじゃねぇのか?」

虎頭はスプリングフィールド小銃のようなものを背中から引き抜いき、構える。司たちにフレンドリーな感情を持っていると思う事はどう肯定的に考えても無理だった。

(エア)

(はい)

(クラフト降ろしてきてる? だったら急がせて)

(分かりました)

狐女が動かない以上自分たちの身は自分たちで守るしかない。

「聞いてんのかコラ! 何とか言……」

司がエコガンを引き抜きトリガーを2回引いた。超硬度のガラスが虎頭の腹と眉間に吸い込まれる。脳漿をぶちまけられた虎頭は仰向けに倒れた。

周りの集団が呆然としているうちに司とエアは左右に散開、司は横に走りながら引き金を絞り続け3人を殺した。

エアも虎頭の持っていたスプリングフィールドのようなものを拾い上げ、他の者より早く対応しようとした化け物に7.62ミリの鉛を撃ち込む。

このまま押し切れれば良かったのだが……

「あれ?……あ、弾切れ!?」

エコガンの弾が切れた。普通のハンドガンは弾が切れればスライドが後退しっぱなしになるが、エコガンはスライド自体がないので後退などせず、普通の銃に慣れている司は気付くのに遅れて弾がないのに引き金を引くという間抜けな事をしてしまっていた。

秒単位の隙も銃撃戦中では致命的だ。

「獲った!」

「やばっ!?」

犬頭に小銃を向けられる。今からでは回避不能だ。

が、犬頭が引き金を引く事は無かった。

次の瞬間には腕ごと銃が消えていたからだ。

「え……ぎゃあぁあぐっ……」

気付いてからあげた叫び声も直ぐに途絶する。頭が焼き切られたからだ。

「司、今到着しました」

エアが逆光でモノトーンに表現される。彼女の後ろに浮かぶクラフトの強力なライトのせいだった。

「伏せてください」

言うやいなやクラフトの下部から断続的に光が洩れた。それがレーザー光線だと司が理解したのは周りの化け物が蒸発してからだ。アニメのように光線が見える訳ではないらしい。司は少し呆然としていたが、レーザーの1本が彼の髪を数本焼き切ったので慌てて伏せる。

「に、逃げろっ!」

化け物の1人が逃げ出す。すると後に続いて集団は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「作戦は成功ですね」

「もしかして僕を殺すのが作戦?」

周囲に肉の焦げる臭いのを振り撒いた後、エアはその中に司を見付ける。彼の周りにはたくさんの穴が開いていた。天文学的な確率で避けきったらしい。

「いいえ、そんなことないですよ。なぜか攻撃したくなるなんて誰も思っていません」

司は顔を引き攣らせる事しかできなかった。最初に彼女に対して言った言葉はあながち間違いじゃなかったのかもしれない。

取り敢えず2人は当面の危機を脱した。後に残ったのは夜の闇と……

「う……」

満身創痍だが生きてる狐女だけだった。

「どうする? これ」

「一応助けて貰った立場なので、治療するのはどうでしょうか」

「どちらかというと巻き込んでくれたって感じだけどな。治療キットとかない?」

「市販品に毛の生えた程度のものなら……」

「よし、助手して。なんにせよ誰かが死ぬのは嫌だからね」

自分の殺した死体の横でいけしゃあしゃあと司は宣った。その後、エアから手術道具を貰う。

司による執刀が始まった。




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