「いや〜エアがいなかったら彼女、確実に死んでたね。見様見真似は今度からやめとこう」
「怪我しているのが手足なのに腹を切り開こうとした時は流石に私でも焦りました。司、あなたは正真正銘、了田家の人間です」
「とてつもなく侮辱しているように思えるのは僕の気のせい?」
「気のせいです。でも縫合の方は見事でした。並の医者でもあそこまではできないでしょう。あ、起きたみたいです」
「……ここは……奴らは、う……」
狐女が起き上がろうとしたのをエアが制した。
「もういないので安心してください。まだ手術をしたばかりです。今動くと傷が開いてしまいます」
「そうそう。あとここならさっき戦いのあった場所のすぐ近くの空き地だよ。あ、縫合したばかりなんだから本当に動かないでよ? なんせこのバカ飛ごふっ!?」
「なんでもありません。ゆっくり休んでください。ええと、今更なんですがお名前は?」
司は狐女に裁縫セットでの手術がどれだけ難しかったか話そうとしたが、エアのアッパーにより撃沈。どうやらエアには変なプログラムが走っているらしい。
狐女はしばらく黙っていたが、その漫才で警戒心を解いたのであろう。名前を言った。
「レナ。レナ・ウィルヘン……」
「こりゃまた。どっかで聞いたような安ちょぐぅ……」
エアのエルボーが司の鳩尾に入る。
「気にしてるんだ。あまり言うな」
「ごめん。つい口がふっ!? ……けほっ、今のは別に大丈夫じゃない!?」
「すみません。条件反射してしまいました」
条件反射の条件は僕が喋ることかよ、と司は思った。全く、姉さんの発明はロクでもないものばかりだ。いくら外見が良くても中身は悪意の塊というもの以外は作らないのか! と憤慨もする。
「夫婦漫才をするのは結構だが、その前に名前を教えて貰えないか?」
レナが少しもどかしそうに言う。
「ご、ごめんなさい。僕は了田司。あとこの暴力女はエア……攻撃態勢に入ってるのがしょぅおぅ」
「チッ」
エアの踵落としは司の鼻先1センチを通過するに止まる。
「エア、取り敢えず休戦しよう。ね? で、レナさん。話をさっさと進めたいので単刀直入にいいますが……え〜僕たちはこの世界の人間じゃありません。証拠はさっきやったこととか、それでも信じられないなら他にもやるけど」
「……まぁ違うと言うんだから違うんだろうな。でもお前らは<北人>じゃないのか?」
「ごめん。何言ってるのか全然分かんない。ま、とにかくその<北人>とか北京原人とかは置いといて……世界情勢とか知りたいんだ。なにしろここに来たのは事故だったからさ。だから予備知識が全くないんだ」
レナは司たちを品定めするように見てから口を開いた。
「分かった。といってもここの周辺の国しか知らないし、毎日のように戦争が起きている。詳しい説明は無理だがそれでも?」
司は頷いた。レナは数瞬で頭の中を整理し、話し出す
。
「今、世界は領地取り合戦の真っ最中だ。その中でも野心的なのが2国ある。どちらもこの辺りでは敵う国がない。かなり大雑把に分けると獣人と竜で別れていて、獣人が中心の方が<ラビラクト>、飛竜などが集まったほうが<リービルカ>だ。大国と言えば<北人同盟>もあるが、60年ばかし前に突然現れた北の<死の壁>の中に籠りっぱなしになっているから、今日起きている戦いの全てがラビラクトとリービルカの覇権争いと考えてもらっていいと思う。小国はごまんとあるが、必ずと言っていいほどどちらかの勢力に帰属しているな。質問は?」
「はい先生!」
司が手を挙げる。するとレナは不愉快そうに言った。
「私は先生ではない。なんだ」
「ここって人間は一般的ですか?」
「……まぁ一般的と言えるほどいる訳ではないが見て驚くほどというくらい少ない訳ではないな。大体が北の方にいる。<死の崖>の近くというのが関係しているんだと思うが……釘を刺しておくが私は<死の崖>に近づいた事すらないぞ。聞くだけ無駄だぞ」
司は挙げようとした手を下げた。替わりのエアが手を挙げる。
「なんだ」
「レナ様はどこに属しているのですか?」
「……ここから東に3日程歩いた所にある小さな国だ」
「なぜこんな遠くに1人で? 今のような状況に置かれた時いろいろ不便では? それと虎の……獣人っていうんでしたっけ? あれがレナ様のことを姫と言っていたのはいったいなぜですか? レナ様はその国のお姫様なんですか? もしそうなら、なおさらなぜこんな所に1人で?」
「……」
エアの畳み掛けにレナは黙り込んだ。
「……詳しい事は分かりませんが、相当面倒な事態に陥っているのですね。レナ様の国は」
「てかお姫様ってこんなに元気でいいの? ……戦うをお姫様か。安、ドゥ、とぅわっ! 何度も通用するとおボワっ!?」
またも安直と言ってしまいそうになった司は、黙らそうと繰り出されたエアのソバットをハンドスプリングで避ける。だが膝を付いたまま余裕の笑みを浮かべるその顔面にエアはシャイニング・ウィザードの追い討ちを決めた。
「エゲつなくないか?」
「これくらいやらないと彼も分からないでしょう」
正論と言えば聞こえはよいが、要は自分の衝動に純粋なだけのエアだった。
「それで、先ほどの続きですが……レナ様の国はラビラクトとリービルカのどちらに属しておいでですか?
さっきの説明ですとラビラクトと考えて宜しいのでしょうか?」
「……あ〜。……どちらにも属していない」
この答えに司とレナは顔を見合わせる。
(とてつもなく面倒事の予感)
(奇遇ですね。私もしました)
その耳打ちが聞こえのか、これ以上ないタイミングでレナからお声が掛かった。
「それで……頼みがあるんだが」
司とエアは接待用の笑みを浮かべ同時に言った。
「「謹んでお断りします」」
「いや、お前らは断れない。むしろ助けてくれとなきつくはずだ。なんたってお前らがさっき殺したのはラビラクトの王の親戚だからな。この周辺は私の国以外全てやつらの参加に入っているのだぞ? まぁ、一生森を彷徨うという選択肢もなくはないが」
「……たまに人助けをしたらこの様だ。神様、僕にどうしろっていうんですか?」
司は天を振り仰いでから諦めたようにため息をついた。
それを見たレナは元気付けるようと言った。
「不幸の星の下に生まれたと諦めるんだな。それに悪いことばかりじゃないぞ。私の国は平和だし、食べ物もラビラクトなんかに負けないくらいうまいしな。貿易の要所になっているから物にも困らない」
それに対し、司は揚げ足を取った。
「でもってその利潤を求めて大国が押し寄せてくる、と。どんなチープな話だよ。妄想癖のある高校生でも1秒で思いつくって」
「う……まぁ、戦争が始まると決まった訳ではないし……」
「王族の親族の殺害なんて十分な理由になると思いますが」
あまり考えなく答えたレナにエアが追い討ちを掛ける。どうやらエアは追い討ち担当のようだ。
「………まあお前らのその変な力を使えばどうにか」
「相手の数は? リボルバーと言えど銃は銃です。剣や弓を相手にするのとは訳が違います。私たちが同時に対処できるのは精々100人までですよ?」
「…………ともかくだ。お前たちを仲間にできるのは頼もしいぞ」
「ちょい待った!」
司が静止のジェスチャーを取る。度々話を折られるのでレナは顔をしかめるのを隠さなかった。
「今度はなんだ」
「そういきり立たないで。1つ訂正。僕たちは仲間という区切りに入りません」
「何?」
「その代わりに雇ってください。国で」
焚き火が爆ぜた。炎は3人の顔をチロチロと照らす。
「お前、自分の立場を理解しているのか?」
「うん。どこにでも行けてこの世界では最強の存在。……魔法がなければの話だけど」
このあまりにも大胆不敵な発言にレナは元よりエアまで呆気に取られた。
(司、言い過ぎではないでしょうか)
(こんぐらい言わないと後でどんな状況になっても文句いえないよ。しっかりした確約を取り付けないとね。ただでさえ訳分かんない世界なんだ。危ないポジションにロハで就くほどボランティア精神に富んでないよ僕は。それにエアがいるしね。いざっていう時はクラフトを使う。そうすればどうにかなるさ)
(結局は人任せですか)
司とエアがこそこそ喋っているとレナが口を挟んだ。
「そんなことを気にしていたのか。ではここで誓いの儀を行おう。あと獣人は大概耳がいいからな。耳打ちとかは止めたほうがいいぞ」
レナには司たちの言葉が一字一句逃さず聞こえていたらしい。この世界では別の伝達手段を考えないといけないなと司は思った。
「あ〜忠告にしたがうよ。で、誓いの儀って?」
「簡単だ。まず約束することを言う。ちなみにこれは一方的に言うのではなく、双方で約束事をするときに使う。だから……そうだな、取り敢えず私の願いは私の身を守って貰うって所でどうだ?」
「……すごく汎用性の高そうなお願いだけど、まぁいいや。じゃ、こっちはこの世界での安全を保障してもらおうかな」
「よし。分かった。後は……顔を近づけろ」
「?」
司はレナに顔を近づける。以外に臭いはしなかった。
「目を閉じて」
「……」
司は目を閉じる。エアは結末が分かったが面白そうなので黙っていた。
もちろん後はお約束である。
「〜〜〜〜!!!!?!?!?!!!?!?!? ファーストキスが!! 僕のファーストキスがぁぁぁあああああ!!!!」
司死亡。16歳になったばかりであった。
「……時間がもったいないですし先に進みますか。改めてよろしくお願いします。レナ様」
エアが能面顔を引き攣らせながら言った。一方のレナは少し傷ついているようだ。
「約束をかわしただけなのだが……そんなに私がイヤだったか?」
「きっと喜びのあまり気絶したのでしょう。人偏の男の子はいろいろ難しいんです」
エアがフォローするが、レナはまだ釈然としないらしくウ〜ウ〜唸っていた。あまりにそれが続いたので終いにはエアも「そ・う・い・う・も・の・な・ん・で・す」と無表情な顔を押し付け気味に言った。これにはレナも「そ、そうなのか」と言うことしかできなかった。
哀れな司は引き摺られ、一行はレナの国<モルタージュ>に向かうことになった。
「の前に、野宿だな」
そういえば夜でした。
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