「”……モルタージュに向かった”てな感じで簡単に着けばいいんだけどな。……ねぇお二人さん? 僕は普通の人間でまだ神楽総合警備に入社してないんだ。そんなジャンジャン進まれても付いていけないって」

「「男なら黙って歩け」」


「……はい」

翌日、司たちはモルタージュに向けて出発したのだが、その前には密林が立ちはだかっていた。

レナは獣人、しかも地の利があるということでサクサク進み、エアも見た目は少女、体は機械、その名も……的なノリで製作されているためレナに遜色なく付いていっていた。

そんな2人を道案内にしているので一般人役の司の体力は限界に近づいていた。

ただ、このデスマーチにより今まで司に憑いていた疫病神が満足したらしく、ようやく森を抜け出ることができた。司は当分森林浴をしない所存である。

出た場所は畑だった。司たちには皆目見当の付かないものが植えられていたが。

司がなんなのか調べてみようと引っこ抜いた時、大地が反転した。

否、類人猿に足を掴まれ、ぶら下げられていた。猿は野太い声で司を怒鳴りつける。

「コラ! この泥棒め! ようやく捕まえたぞ! 今まで盗んだ分しばいてやるからな!」

「ちょ
誤解! 誤解だって! レナさんも言ってよ!」

猿が持っている鍬を振り下ろそうと司はバタバタと暴れながら叫んだ。

司の言葉を聞いて猿がレナの存在に初めて気が付く。

「あれま、姫様、帰ってきたんですか? あんれ、じゃあこの方々が? もしかして例の?」

「あ〜……国賓だな」

「じゃあ本当に!? あんた〜! 大変だよ〜! ニュースだよ〜!」

「げふっ!」

猿は司をその場に落としてもう1匹の猿に呼びかけた。「なんだ〜」という更に野太い声からして、司は今自分を持ち上げていた筋肉の塊が女だと気付き驚愕する。

「おぉ レナ様。よくぞいらっしゃいました。今回は……特に大事な遠征だったんですよね。私のようなものの家で良ければどうぞ休んでいってください。明日、王都に用がありますので荷車で良ければ乗せていく事もできますし」

「そうか。すまんな。お言葉に甘えさせてもらおう」

ヒトの良さそうな夫(猿人)がお誘いをくれる。司たちが断る理由はどこにも無かった。今日は屋根のある所のベットで眠れそうだと司は安堵した。

猿人はニコニコしながら彼らが安心している様子を見ていたが、ふいにレナに質問をする。

「で、時にレナ様……どちらが本命ですかな?」

「ほ、本命?」

いきなりの訳の分からない問いにレナは慌てた。こいつ、まさか司やエアの事を知っている? 彼らは確かにこの国の存亡を左右し兼ねない重要な人物だが……どちらかが欠けてどうなるか分からないし……

こんな質問に答える義務はどこにもなかったが几帳面な性格のレナは真面目に答えを探
り、見つけた。

「……両方だ」

この答えに猿人は目を丸くしてから、高笑いをする。

「ハッハッハッ……いや失礼、流石はレナ様です。おぉと失礼、では家まで案内しましょう」

司とエアもこの高笑いには困惑したが、当のエアも全く意味が分からず困惑を通り越して呆けていた。

そんな一行を無視し、日本の農村のような場所の案内を開始する猿人。なかなかの性格の持ち主のようだ。

のどかな、戦争とは全く関係なさそうなこの場所が明日にも戦火に包まれるかもしれないと思うと、コソボ紛争やソマリア内戦、コンゴ内乱にイラク戦争くらいしか体験していない司にとって現実感が沸かなかった。

あれらの国はいつもピリピリしていたはずだ。ここにはそんな雰囲気はまるでない。

「ねぇレナさん」

「なんだ」

「どんな面倒事抱えていたの? モルタージュは」

「簡単な話だ。属国となる事を断った」

「あ〜なるへそ。確かに簡単な話だね……逆に植民地にされそうじゃない?」

「属国となっても同じだ。王こそそのままだが大臣などが全て奴らの国からのものとなる。そうなると国政などあったもんじゃない」

畑が田んぼに変わった。どうやら稲作が行われているようだ。

「ついでで聞きますが、どちらの国の要求を蹴ったのですか?」

エアが司たちの会話に口を挟んだ。レナは逡巡するが、結局は諦めたように口を開く。

「ラビラクトとリービルカだ」

「「両方!?」」

さすがにこれは司とエアにとって計算外だった。今、この国は地球で言えば一昔前のアメリカとソ連の代理戦争の地になっていたベトナムと同じ事態になっていたのである。両国とも事を起こす気満々というのは違ったが。

「まぁまだ戦争が始まると決まった訳ではない。それに軍資金なら山のようにある。この国は交易の要所だからな。兵たちの錬度も高いし気にする事は無い」

声こそ明るいが微かに震えているのに司は気付いた。彼女は分かっている。このままでは国が無くなり兼ねないことに。

だから司はそれ以上は敢えて突っ込まず、話題を変えた。

「じゃあさ、レナさんはなんであんな所にいたの? お姫様がこの時期城を離れたらいろいろマズイと思うんだけど」

「その話題については私も興味があります」

レナは黙々と歩く。心なしか歩調が早くなっている。

「……特使だ」

ようやくその一言を言う。が、明らかに嘘だと分かる答えで収まる司とエアでは無く……

「特使なら他のヒトの方が適任かと思われますが。今の時期は誘拐が起きてもおかしくないでしょうに」

「そ、それは……私の他に誰も国を出たがらなくて……」

「交易が盛んな国なのに? そういう時こそ外交官とかが根回しするんじゃないの?」

「……外交官は風邪を引いて……」

「どれだけバカにするのですかレナ様? 嘘が下手というよりも気付いてくれと言っている様なものですよ?」

「イ、イヤ……決シテワザトデハナク……」

棒読みのレナを無視してあからさまに耳打ちを開始する司とエア。内容はもちろんレナに丸聞こえ。こういうタイプのプレッシャーに弱いと踏んだ彼らの作戦だった。

曰く、

(不倫だ)

(家出です)

(白馬の王子様探し)

(敵国に単身乗り込んで首脳陣殲滅)

(その後後宮に入っていって……)

(王子様を)

(お……)

耐え切れなくなったレナが叫んだ。

「分かった! 分かったからやめてくれ! その……城でジッと様子を見ているのが忍びなくなったんだ。このままでは負ける事が確定していて……でも負けたら国民が苦しんでしまうと考えたら……いつの間にか国外にでていたんだ。だがどこに助けとなってくれる国があるか分からない。取り敢えず1番近い国へ歩いていたら、あのラビラクトの特殊部隊に会った。そうとは気付かずに、助けてくれるというから素直に馬車に乗ったら眠り草を嗅がされて捕まったという訳だ。まぁ縛っていたのが荒縄1本だけだったから直ぐに引き千切ったが」

そりゃ誰も荒縄を引き千切るような子供の夢を壊すお姫様がいるとは思わないよと言いそうになったが、そんなお姫様の鉄拳制裁は間違っても受けたくないなと思い、司は胸の奥にその思いを閉まっておく事にした。

「それで逃げていたらお前らに会った。……終わり良ければ全て良しとは良く言ったものだ」

「「超猛突進バカですね」」

「ぐ……」

レナには返す言葉がなかった。

「さぁ我が家に着きました。どうぞゆっくり休んでいってください」

猿が立ち止まる。司たちの目の前には典型的な日本家屋があった。司は一瞬、元の世界戻れたかと錯覚する。が、家から飛び出してきた猿軍団を見て違うと分かった。少なからず落胆した。

「……もう屋根のある所のベットに寝れればなんでもいいさ!」

半ば自暴自棄になり司は開き直る。

彼は夜、敷布団で寝る事になった。






「作戦終了だ。繰り返す、作戦終了だ」







「主任〜! 早くR−Xを探し出してください! データがないとR−1の調整ができないじゃないですか! 納期が迫ってるんですよ!?」

「再来年じゃない。全然迫ってないわよ」

「1から開発しているのに迫ってないっていうんですか!? 俺たちに丸投げしておいて!?」

「あ、5時になったわ。それじゃ……」

「「「逃がすか!!」」」

爆音。

「げほっ……待ぁて主任ぃぃぃいいいん!!」

車のエンジン音。それに混じる靴の音。

男たちはヘッドホンを外す。元からそんなに色の無い白人の顔が不健康なまでに白くなっていた。

「……Do not this fellows talk about work?」
(……こいつらは仕事の話はしないのか?)

「これじゃ盗聴しても意味がないな。ハッキングはプロテクトが固過ぎてダメ。カメラにもコントが写るだけ。書類には落書き、入社試験は一発芸大会……どうしてこんなのが”世界の”なんだ?」

「I do not understand the Japanese.」
(日本人なんか分からん)

「俺にも分からなくなってきた」

産業スパイたちはため息を吐く。




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