「エメラルゥドのうぅみぃいいい!! オォリィイイイブのおぁかぁぁぁあああ!!」

司は全力でダッシュしながら叫ぶ。なぜメロスが口から出たかは分からないが、何か言っていないと気が済まないのだろう。

「司! しっかりしろ!! 海なんて何百マイルも先だし、周りにあるのはドラゴン桜だ!」

何を歌っているのか見当の付かなかったレナが並走しながら叫んだ。

「姫! 司が歌ってるのはアレじゃないッスか!? ホラ、主人公が王さまに楯突いて真っ裸にされる奴ッスよ!!」

ウィローが断続的にドラゴンに射撃をしながら正解を答える。弾はドラゴンに当たっているようだが、その硬い鱗に阻まれて決定打となる事は無かった。だがドラゴンは翼に銃弾が当たる事を嫌ったようで、追跡してはいるが一定の距離を保っている。

「惜しい!! 合ってるけど省き過ぎて意味が違うように聞こえる!! てかメロス知ってんのかよっ!?」

ウィローの言葉によって司は驚き、レナはストーリーを思い出した。

「……今思い出した! 親友を人質に置いて行くって奴だっただろ!」

「当たってるけどっ!! 当たってるけど意味が違う!! てかなんで知ってんの太宰治の小説を!! なんだか知らないけど地球の文化入り過ぎじゃない!?」

「その話は結構前からあるッスよ! 小学校の教科書に乗ってるくらいッスから! そぉッスかぁ〜! 司の故郷が原産ッスか〜」

ウィローが何か感慨深げに頷く。

小学校の教科書にどのように書かれているのか司は気になったが、そこである事に思い当たった。

「……なら何かしらの形でこの世界と地球が繋がってるはず……て事は自力で帰れるかも?」

突然降って湧いた可能性に、司は段々ニヤケ顔になる。

「……なんだか知らんが気味が悪いぞ」

「同感ッス」

レナが司に正直な感想を言った。ウィローもバックステップを踏み、ドラゴンに鉛弾を撃ち込みながら同意する。

が、それで少し集中力を欠いたのがいけなかった。

「これで最後まで躊躇し続けたらお慰みッスのぉ!?」

「ウィロー!?」

ドラゴン桜は大きく、今までウィローは普通に上を走っていたから忘れていたのだが、ここは木の上である。枝の無い所を踏もうとすれば落ちるしかない。

「うわぁあぁああぁああ!!?」

「ウィロー!? くそっ!!」

「レナさん!? あぁもうっ!!」

下に落ちたウィローを後先考えずにレナは追いかけて飛び降りた。いきなりの事だったが、レナたちに当たらないように潜鱗虫に威嚇射撃をしながら、司も後に続く。

彼がドラゴン桜の根元に着地すると、意外な事に潜鱗虫は1匹もいなかった。

一応周囲の確認をしてから、司は地面に横たわっているウィローと容態を確認しているレナの近くに駆け寄る。

「ウィローは大丈夫?」

「あぁ。頭を打ってはいるが、後遺症の心配は無さそうだ。帰って医者に診せれば大丈夫だろう」

「良かった……でもこれでお荷物が1つ増えた訳だ。たぁくもう、しょうがないから僕が背負うよ」

司がウィローを背負おうとすると、レナが止めた。

「待て。お前より私の方が力があるだろう、私が背負う。司は護衛をしてくれ」

「むぅ〜。なんかバカにされてるようだよ……」

司がふくれたのでレナは笑いながら言う。

「別にお前には遠慮はしないさ」

「ちょっとは信頼されるようになったのかな?」

「しっかり約束したろ? 私を守って、と。行くぞっ!」

レナが走り出した。司は後方のドラゴンを警戒しながら後を追う。

「木で隠れるからこのまま逃げ切れるかな?」

「どうだろうな。連中の鼻が良くなければいいんだが……」

「良くない事を祈るよ。それよりもレナさん」

「なんだ?」

「モルタージュってこっちで合ってたっけ?」

「それは………………」

そのままレナは沈黙してしまう。

「”分からん”ね。はい了解〜。十分に分かったから。先導変わるね?」

「………………………………………………………………………………………………………………」

沈黙の間に数十メートル進んだ。

司が聞き取れていなかった可能性を考え、もう1度言おうとした時にようやくレナの口が開く。

「……じゃあ頼む」

その顔は何故か屈辱一色だった。

「……今までの沈黙は何!?」











一方、無事に飛び立ったオプスレイは順調に飛行していた。

F−5のように音速で飛ぶ事が出来ないため、現場に着くにはまだ時間がある。

ただ機体に揺られるのに退屈したディンゴが、唐突に歌いだした。

「Mama & Papa were Laing in bed!」

もしその場に司がいたならば、全身全霊を持ってディンゴに突っ込んでいただろう。

「「Mama & Papa were Laing in bed!」」

いつも歌っているのか、部下の隊員たちも某ハートマン軍曹ソングを何の疑問も持たずに歌いだした。

「Mama rolled over and this is what’s she said!」

「「Mama rolled over and this is what’s she said!」」

黙って操縦をしていたクルーズは、どこかで聞いた事のある歌詞だなと思う。

なんだったけなぁ〜と記憶の糸を手繰り寄せながら、何気なくチラリと後ろを向くとケントも連中と一緒に歌っていた。

「Oh, Give me some!」

「……」

彼女が歌を歌っている事で、何故かクルーズは強い違和感に襲われる。

「「Oh, Give me some!」」

後ろを振り返るとやっぱりケントは一緒に歌っていた。どうしてかは分からないが、クルーズにはそれが疑問に思えてしょうがない。その後も彼は訝しんでいたが、結局答えは出なかった。

「Oh, Give me some!」

「「Oh, Give me some!」」

「P.T.!」

「「P.T.!」」

「P.T.!」

「「P.T.!」」

「Good for you!」

「「Good for you!」」

「Good for me!」

「「Good for me!」」

「Mmm good!」

ここに来てようやくクルーズは歌詞の意味を思い出し、叫ぶ。

「Hey! レディがいるとこでそんな歌歌うんじゃねぇよ!」

クルーズの言葉にディンゴが少し驚きの表情を見せた。

「なんだぁ? お前この歌の意味知ってんのか? 北人語をちゃんと覚えてる若い奴なんて初めて見たわ」

「どうでもいいだろそんな事! てかケント少尉も歌わない方が……」

「何? そんな変な意味があるの?」

意味だけで言ったらとても女性が歌えるような代物ではない。

「……知らないで歌ってたんですか!?」

言ってから、もし知ってて歌っていたのであれば、彼女の評価を少し変えなくてはならないとクルーズは思った。勿論彼好みの付き合いやすそうな女という方向にだ。

「今、北人語なんて習わないもの。アンタが知ってる方が凄いの。それで……どういう意味なのでしょうか? 少佐?」

ケントが冷ややかな目でディンゴを見つめる。

「あ〜、俺は中尉だからな。少佐じゃねーし答えらんねぇんだよな〜これが」

ディンゴは葉巻をプハーと吐くと、しれっとそう言った。

「……中尉?」

「少なくともこの部隊の中では俺は少佐だぞ、。もう少し敬意を払え」

「…………ディンゴ」

ディンゴはヤレヤレと観念したようなジェスチャーをしてから答える事にした。

「そんなに知りたいか少尉。よし、ならば教えよう。オウ、オメーら。最初から歌え!」

「「ウィース。……Mama & Papa were Laing in bed!」」

「ママとパパはベットでゴロゴロ……イデデッ!?」

本当の意味が分かった瞬間にケントはディンゴの手の甲に爪を立てる。

「今回はチャンと2階級特進させて差し上げますから……安心して下さい」

クルーズの見立てではケントは、北人語を学んでなかった自分に半分くらい、そんな歌を歌わせていたディンゴにスパイス付きでもう半分怒っているという様子だった。

元凶であるディンゴは、痛む手にフーフー息を吹きかけていたが、睨むケントに真面目な顔で反論する。

「有難い話だけどな……俺ごときが佐官になってみろ。男を皆追放して軍をハーレムにするぞ。俺にとっちゃぁそれでもいいが、ここにいる野郎共の事を考えると心が痛む。よって昇進は謹んで辞退する」

「昇進した場合は私がしっかりお世話を致しますよ?」

ケントが少しなまめかしい口調で言った。

「……マジか少尉?」

ディンゴが満更まんざらでも無さそうに答える。

ケントはニコりとして頷いた。

「ええ。積もった落ち葉を払いのけたり、表面を磨いてピカピカにしたり、古くなった花を新しい物に代えたり……」

「そうかぁ。そうして貰えたら俺の白亜の肌もピッカピカになるな。ま、そういうのはマメな牧師にでも頼む事にしているからノーサンキューだ」

「そうですか。それは残念です。……では何の気兼ねもありませんので死んで下さい」

「この国が平和になるまでは少なくとも死ねないな。それまでは頼むぜ? 少尉」

ディンゴがこれで話は終わりとケントに目線で伝える。

「……そう、ですね……失礼しました少佐殿。少し遊びが過ぎてしまいました」

ケントは上官の意をむと、敬礼して本来の然るべき態度へと戻った。

「良いって事よ。オラ、オメーら! いい加減戦場に着く頃合だ! しっかり準備しとけよ!!」

「「ウィース!」」

にわ貨物室内が活気付いたが、クルーズがそれに水を差す。

「……あ〜、誠に言いにくいんスけどね。現場に到着するのは相当先ですよ。中尉殿」

「んだと〜!? 一体いつまでこんな棺桶に閉じ込められてなきゃなんねーんだ!!」

戦闘狂の願いが叶うのはまだ先のようである。











「木の下に隠れてしまった」

「今は大丈夫だが、見失う可能性が高まってきた」

「かといって迂闊うかつに手を出したならば、潜鱗虫の餌食になる可能性も高まる」

司たちを追跡しているドラゴンたちは現状打破の一手を考えていた。

だがここは潜鱗虫の巣窟である。ヘタに下降して目標を捕らえようとすれば、潜鱗虫の1匹や2匹が食い付いてくるかもしれない。

一体どの神が潜鱗虫を創ったかは知らないが、その神は我々の存在をうとましく思っていたに違いない、とドラゴンの1匹が考える。

「今気が付いたが、先程から断続的に行われていた銃撃が止んでいる」

先頭の1匹が口にした言葉で他2匹も状況が変わった事に気が付いた。確かに今まで鳴り続けていた空気を切り裂く独特の音が今は聞こえない。

「潜鱗虫にやられたか」

「このまま隠れようとしているのかもしれない。臭いは把握出来るから意味は無いが」

「移動速度が落ちたようだ。微かだが、血の臭いもする。どうやら1人が怪我でもしたらしい」

ドラゴンたちは的確に情報を整理すると、今後の方針を決めた。

「捕まえるのに、今以上に都合の良い時は無いと思われるが、異論はあるか?」

「異論は無い」

「私もだ、同志。行動を開始しよう」

彼等は司たちを捕縛すべく、散開する。











「ねぇ、ドラゴンが散らばってったんだけど」

「諦めたのか?」

「う〜ん〜。そんな都合よく出来てるとは思えないんだよなぁ。このままだったらレナさんの思った通りに事が運びすぎだし」

「司は心配し過ぎだぞ。少しはゆとりを持て」

「ゆとり世代ど真ん中だから持ってるよ一応。てかレナさんは国のトップなのに考え無さ過ぎ!」

「……言ったな」

「ゴメンなさい嘘です許して! でも本当じゃん!」

レナは無言で地面に無数にある石の1つを前方に蹴り上げる。丁度腰の高さぐらいまで浮かんだ時に、司に向けてシュートした。

「うぐっ」

まさかこの有事にそんな事をすると思っていなかった司は、何の身構えも無く石を腹に受ける。

そして木の根につまずいて転んだ。ゴロゴロと数メートル転がってピクりとも動かなくなる。

「司? 大丈夫か?」

流石にやり過ぎたかと思いながらレナは止まった。

普段なら直ぐに文句を言いながら起き上がってくるはずだが、今は何故かその様子が無い。

まさかそんな事は無いと思いながらも、担いでいたウィローを近くの木の根で出来たくぼみにもたせ掛けると、思い切り焦りながらレナは司に駆け寄る。

「おい司!? 大丈夫か!? 悪かったから不貞腐れるな! ほら、帰ったらなんでもしてやるから」

「約束だよ」

レナが動かない司を乱暴に揺さぶりながらそう言うと、司がガバッと起き上がって言った。

「うわっ!? …………………計ったな」

「いっつも僕だけ不利益を被るからね。たまにはいいでしょ? お姫様の約束なら破られる心配も無いし」

「グゥ……」

ウシシと笑う司にレナは殺意を覚えたが、自分が撒いた種といえばそうなので、どうにか自制心を働かせる事に成功する。

「……ともかく先に進むぞ。ドラゴンがいなくなったのなら……ひぁ!?」

何の前触れも無く司がレナに飛びついてきて、そのまま彼女を押し倒した。いきなりの事にレナはらしくない声を出してしまう。

普段のレナならこの時点で殴るなり蹴るなりをして対象を引き剥がす所だが、今まで立っていた場所が衝撃波で吹っ飛んだ事で、司にとって幸いな事に彼をボコボコにするという予定も吹っ飛んだ。

炎や木片、爆発によって加速されて銃弾のように飛び交う小石が彼等の頭上を飛び交う。司がレナの上にのしかかっていて外の様子がよく見えないが、うまい具合にウィローを寄りかからせたような木の溝に入ったようで、直接レナにそれらの破片が降りかかる事は無かった。

一瞬猛威を振るった爆轟も、その一瞬後には収まる。

「つぅ〜……上を、ドラゴンが通過したような音がしたから、ね。殴られる事覚悟で、杖を、突いて、みたけど……どうやら賭けに、勝ったみたい。でももしレナさんがふざけないであのまま、僕等が直進してたら、グラウンドゼロ、だったね」

司がノロノロと身を起こしながら言った。

「……お前の慎重さが幸いだったな。礼を言う……が、いつまでくっ付いているつもりだ?」

彼が動くのが遅いので、下敷きになっているレナがイライラしながら吐露する。

「イタタ……こっち、は、体張って、レナさんを守ったんだから……少し、ぐらい 「起きるぞ」 ってうわぁ!?」

痛みに顔をしかめながら司は言い訳をしたのだが、レナがそれを聞く訳もなく、力任せに起き上がった。

「ガッ!? ……ぐぅ……ぅ」

司は背中から地面に墜落する。その時いつもの司と違う反応をしたのだが、またブラフだろうとレナは無視してウィローの所へ向かった。

窪みにいたおかげで無傷だったウィローを担ぎ、レナが司の方を振り返る。彼はまだレナを引っ掛けようとお芝居を続けている最中のようで、ドラゴン桜を支えにしながら立とうとしてる所だった。

「……あんまりそれを続けると置いて行くぞ」

「ひど……いな……今、行くって」

司がどうにか立ち上がり、歩き出す。移動速度の遅さにレナはため息を吐いたが、しばらくはそれに付き合う事にした。

先を歩いているレナは、司の背中から流れる血に気が付かない。











「樽爆弾はあといくつ残っている?」

「今2つ使った。残りは1つだ」

「私も同じようなものだ」

ドラゴンがバーボン樽を少し小ぶりな樽を手に持ちながら仲間に確認した。

中に大量のニトログリセリンの入っているこの樽は、落下させるだけで爆発するので扱いは簡単である。しかも1回の投下で炎の息が届く10倍の範囲を圧壊させる事が出来た。よって簡易兵器として彼等も持っていたという事だが、大きさ的にとてもではないがドラゴンの巨大な前足で作れるような代物には見えない。

それもそのはずである。この爆弾はラビラクトで製造されて、モルタージュを介さずに輸入したものだったからだ。

「……小さき物共があのような事をしなければ、もっと平和であったろうに」

ちょっとした衝撃で直ぐに誤爆に繋がる樽爆弾を見ながら、ドラゴンの1匹が呟く。

「しっかり狙って落とせ。樽爆弾は高い。余分な物は1個も無いぞ」

「それと同じくらい時間の余裕も無い。ぐずぐずせずに仕事を終えよう」

ドラゴンたちは司たちがいると思われる地点を中心に円状に旋回し、次々に爆弾を落としていった。木々は燃え始めたので、それが他に燃え移らないように潜鱗虫が桜を喰い倒すべく動き出す。

最後に少量のスパイスとして、燃えている箇所同士を線を引くように炎の息で結んだ。

これにより、上空から見るとほぼ真円の形を取ったファイアーリングが完成する。

「さて、潜鱗虫は燃えている部分に忙しい。我々が降りても感知される事は無いと思われる」

「では狩りの再開をしよう」











「爆……発……?」

「状況が変わったようだな。どうやら森林火災を起こして私たちを囲おうとしているらしい。司、いい加減に速く動き始めろ」

ドラゴンたちの囲い込みを地面の振動から知った司とレナだが、相変わらず司はゆっくりとしか動いていない。

「う……ん。やっては、いるんだけど……ね。僕に構わないで……行っちゃって……いいよ」

「司?」

レナはここにきてようやく司が負傷しているのに気が付いた。ウィローの血の臭いだと思っていたそれは実は司の物だったのだ。

「ちょっと……休憩……」

桜にもたれると、司はそのままズルズルと地面にへたり込む。木の側面に血の跡が残った。

「司!? 大丈夫か!?」

レナが先ほどのように司に駆け寄る。ただ今回は冗談抜きだった。

「傷を見せろ!」

「別……に、大した……もんじゃ…無い、から」

「黙ってろ! ちょっと体を動かすぞ! 舌を噛むなよ!」

レナが司の背中の傷を見ようと、彼をひっくり返す。

「ぅあ!」

傷口が再び外気に晒されて司が呻いた。

「これは……さっきの爆発の時のか! なんで黙っていた!」

「いち、いち……言うなんて……かっこ、悪い……じゃん?」

「変なプライドを持つ方がよっぽどかっこ悪いぞ!」

レナが傷を確認しながら叱る。背中を大きく横断するように裂傷は、どうやら先ほどの爆発の時の破片が司の体を掠めたせいだと判断した。

幸いにも、創は脊髄や神経根を傷つける程深くは無いようだった。傷が出来た後い無理矢理歩いたので、出血量が多くなったのだろう。ショック状態の兆候は見え始めてはいるが、生命活動に重大な支障を来たすほどでは無いと思われた。後は出血多量でショック死しないように血を止めるだけである。

そう考えた所で止血するためのガーゼの類が手元に無い事に気が付いた。

「……」

代替物を1つ思いついたが、実行するのに少し抵抗がある。が、それ以外に方法は無いだろう。

レナは覚悟を決めて行動を開始すべく、司をうつ伏せにした。

「司、いいと言うまで目を開けるなよ」

「……分かっ、た」

元より司は目を開けてはいなかったが、一応レナは釘を刺しておく。

「………」

行動を起こせる環境にはなったが、1度ついた決心も、数瞬という時間で揺らいでしまう。

「……と、途中でウィローが起きたらマズイな」

先延ばしにする理由を見付け、レナはウィローを見えない所に移動させる事にした。が、それもそんなに時間の掛かる事では無く、直ぐにまた環境は整う。

やはり動き出せないが。

(いつまで女々しく考えているんだ、私は)

こんな時だけ立派に女をやるのかと自嘲した。司には男のような扱いを受けているんだ。別に気にする事は無い。そう考えると気が楽になった。

(そうだ。私はいつものように行動すればいいんだ。教えられた通りにやれば、きっと認めて貰える)

やるべき事は男女関係無くやれ、という養育係の教えに沿い、レナは司を救うためにフライトスーツの上半分を脱ぐ。それから良質な綿で折られたYシャツを、羞恥心と一緒にかなぐり捨てた。

そのまま司になんの前置きも無しに、Yシャツを創に押し付ける。

「っでぇぇえぇぇええぇえええ!!?」

いきなり傷口に刺激を与えられた司は思わず大絶叫をしてしまった。

「……かっ……くっ……」

「我慢しろっ! 血が止まれば後はどうにかなるっ!」

痛みに体が震える、その度に新たな刺激が加わりまた痛くなるという悪循環の中を司が錐揉みで突き進む。痛みから逃れようと暴れる司を押さえつけるのに、レナでも全身の力を使わなくてはならなかった。それでも逃げようと司が這い回るので、レナは彼の上に馬乗りになる。

「イダイイダィ!!」

「くっ……暴れるな司!」

3分ほど2人の戦いが続いた。動きだけで見たならば、カウガールが暴れ牛相手にブル・ライディングをしているようである。

そんな状態でも直接圧迫止血法によって明らかにレナのシャツに染み出す血の量がに減ってきていた。

この調子なら後少しで押さえるのを止めてもいいとレナが思った時である。

「う……ん…………あれ、ここは?」

「!? ウィロー!?」

気絶していたウィローが起きた。一刻も早く治療に入らなければと考えていたレナはフライトスーツを着なおしていないので、上半身はブラジャーのみである。

急いでフライトスーツを着ようとファスナーを引っ張るが、焦って力が入り過ぎてしまい歯を組み合わせるスライダーを引っこ抜いてしまった。

「…………………ウィロー!! こっちにくるなっ!!」

一瞬呆けたが、慌ててウィローにけん制の言葉を投げる。が、遅すぎた。

「え、来るなって言われてももう……ロデオプレイでもやっているんスか? 特殊な趣味ッスね〜」

打った頭を掻きながら顔を覗かせたウィローは、司にまたがったレナを見てそう意見を述べる。

別にウィローがレナの姿を気にした様子は無かったのだが、思春期ど真ん中の彼女はみるみる顔を赤くし、これ以上醜態を見せないようにウィロー目掛けて石を放った。

覚醒したばかりのウィローの頭が飛来する石を認識したのは、衝突までの残り時間がゼロコンマ何秒といった所だったので、とてもでは無いが避けれるはずが無い。

「うぼぁ!?」

ストライク。石は見事にウィローの鳩尾に吸い込まれた。

ウィローが木の根の向こうにまた見えなくなり、司も疲れ果てて動かなくなったので、レナは落ち着いてフライトスーツのファスナーを直す事にする。が、ネコ目のご先祖様を持つ獣人はその名残である肉球のせいで細かい作業が苦手であり、それに輪をかけてレナは集中力を要する仕事に弱かった。

「……………出来るかっ!!」

落っこちていたスライダーをつまむのにも一苦労するレナが、1ミリしかズレていない歯と歯の隙間にスライダーを滑り込ませる事など万に一つも不可能である。数秒間挑戦したようだが、所詮は無駄な足掻きで、直ぐにレナは投げ出してしまった。

「しょうがない。この服は羽織るだけにして……」

スーツに腕を通しながらレナは呟いたのだが、そこで新たな懸案事項を自分で作ってしまった事に気付く。

「私1人で……2人を持てるか?」

怪力で知られるレナも、流石に及び腰になった。だが、それでも動かなくてはならない事には変わりが無い。

レナはため息を吐いて、司を担いだ。ウィローと比べれば断然軽いが、持つのは彼だけではない。

「ふっ……ん!」

筋肉質の獣人は同じ体型の人間と比べて体重がある。両肩に合計150キロオーバーの荷重が掛かりレナはよろけるが、どうにか転ばないで1歩進む事に成功した。

「くっ……お、思ってたよりも……辛い……!」

泣き言を言っても、ウィローが気絶し直したのは完全にレナのせいなので、自業自得という言葉が脳裏にちらつくだけである。

もう何も考えまいと第2歩を踏んだ。

その時、F−5のエンジン音が聞こえる。やっと救助が来たかとレナは安堵したのだが。

上空を見上げて事態が好転していないのを確認する

「……くそっ!!」

レナは司とウィローを木の側面に放り投げると、自身も横に飛んだ。

直後、一瞬前までレナがいた場所に、ドラゴン桜を薙ぎ倒しながら着陸する。











エレメント2機編隊で現場に急行していた人間のウェッジ・ローソン中尉が到着した時、森林火災は鎮火に向けてフィナーレを飾ろうとしている所だった。

「こちらウェッジ・ローソン。作戦空域に到達した。が……どうやら先客がいるようだがな」

ファイアーサークルの中心で旋回を続けるドラゴンを見ながらウェッジが報告する。

『WoW,こちらビックス。エア司令! 誰かさんがガイ・フォークスの祭りをやっているようだ。ミステリーサークルを炎で作ってベントラーベントラー……』

僚機のビックス・ケニー中尉━━こちらも人間━━がどこでそんな言葉を聞いたのか、地球の祭りの名前を出した。ただし内容はとてもあっているとは言えなかったが。

無線で聞いていたレナはその情報の出所を調べたいという思いに駆られたが、今は救出任務が第一である。

『突っ込みどころ満載ですが、時間が無いので無視します。ただ今そのミステリーサークルを確認しました。無線の発信源はその真ん中なので、とりあえずドラゴンを追っ払ってから、後に到着するオスプレイの援護を行ってください』

「ウェッジ了解。今から特攻を開始する」

『ビックスも続くぜ〜』

行動を開始しようとしたビックスにエアは忠告した。

『ビックス。調子に乗って落とされる事の無いように。貴方は名前だけで死亡フラグが立っているんですから』

『なんだそりゃ』

『ダースベイダー役がドラゴンではないという保障はどこにも無いという事です。Good luck』

流石にスターウォーズネタは通じないかと思いながら、エアは通信を終了する。

『なぁウェッジ。エア司令は何が言いたかったんだ?』

いきなり死亡宣言をされたビックスがウェッジに聞いた。

「俺が知ってると思うか?」

つっけんどんな口調で返したウェッジにビックスは少なからず憤慨して憎まれ口を叩く。

『んにゃ。お前が知ってるのは男のケツの追い方ぐらいだったな。聞いて悪かった』

「基地に戻ったら覚えてろ」

『いや〜ん! 私は神に処女を捧げてるの!』

「神って……どの神だ?」

『……そうか、俺等は特にこれといった宗教は持ってなかったな』

無駄口を叩きながら旋回を開始。ドラゴンを正面に持ってくると、ミサイルを放った。

爆音を轟かせながら接近するF−5からミサイルが放たれたのに気付き、ドラゴンは桜の間に姿を消す。

「外したなこりゃ」

『まずいんじゃないの〜? あの辺りにレナ姫がいるんでしょ〜?』

「ならお前、なんか良い案あるか?」

『軍隊の鉄則! 上官、隊長の指示は絶対である代わりに、全責任も上官若しくは隊長にある! って事だリーダー』

「ビックスてめぇっ!! 俺がたまたま先に空に上がっただけじゃないか!」

『いやぁ〜。運命とは残酷なもんですな。ま、現状維持で良くないか?』

「……そうだな。……あ〜救出組! 今地上にドラゴンが降りた! 恐らくレナ姫らの追跡をしていると思われる。至急現場に急行されたし!」

どうもやる気の感じられない2人組みであった。











『……至急現場に急行されたし!』

ウェッジの声がV−22のコックピットに流れた。どうやら厄介事になったようだとディンゴが喜ぶ。

「おいオメーら! 望み通りドラゴンと戦えるぞ! 存分に死んで来い!」

「「YEAAAAAAAH!!」」

死に向かって喜び勇んで駆けて行こうとしているゴールドスターの面々を見て、何を食ったらこのようなネジの緩んだ頭になるのかとクルーズは本気で思った。

「……どうでもいいけどな。それに俺を巻き込むなよ?」

「乗りかかった飛行機だ。諦めろ」

ディンゴにさわやかに言われたが、それで諦めれるような人生をクルーズは送っていない。

「ま、とにかくだ。着いたら直ぐ戦闘開始するからな! 今のうちに銃器の最終点検を済ませろ! 後部ハッチを開けたら姫たちに当てないように周りを破壊し尽せ!!」

「「YEAAAAAAAAAAAAAH!!!」」

「うるせーっ! 一々騒ぐなっ!! もう到着すっから黙って作業してろ!!」

後部ハッチが開き、キャビン内は外気に晒された。

「ロープを垂らせ! とりあえず降下するぞ! 1番槍は俺だ! ヒャッホウっ!!」

ロープが地面に達したのを確認もせずにディンゴは空中に躍り出る。











「うっ……」

ドラゴンが着地した時の風圧で吹き飛ばされ、桜の幹に激突して意識を失っていたレナが目を覚ました。ドラゴンは直ぐ近くにいたが、うつ伏せに倒れていたレナの上に、運良く一緒に吹き飛ばされた木の枝などの破片が乗っかっていて見えなかったらしい。

司とウィローもまだ発見されてない事を祈りつつ、危険過ぎるこの場を離れる事にした。そろりと匍匐ほふくで後退すると、木の裏側に隠れようとする。

そのままうまい具合に見えない所に到達した。後は立ち上がってゆっくり離れるだけである。

右足の膝を付き、立とうと力を入れた。

「あぐっ!? ぅぅぅ……!」

唐突に激痛が走り、思わずレナは声を出してしまう。涙目で足を確認すると骨折はしていなかったが、足首を捻挫したようで、ブーツを触って直ぐ分かるほど腫れていた。

「くぅ……くそっ!」

レナは無理矢理立ち上がり、左足でケンケン跳びをして逃げようとする。

地面に足が着く度に衝撃が患部まで響いた。歯を食いしばりながらレナが後ろを振り返ると、声に気付いたドラゴンが迫ってきている。

「くっ!」

悪あがきで持っていたエコガンを抜き、ドラゴンに対して撃つが、片足では標準が定まらず、あさっての方向へと弾は流れていった。

何トンもあるドラゴンが近づく毎に地面の揺れが酷くなる。追ってくる速度は決して速くは無いが、片足しか使えない今の状況ではその差は詰まるばかりだった。

「うわっ!?」

ドラゴンとレナの距離が更に狭まり、ドラゴンの歩く振動が大きくなるとレナはバランスを崩して転んでしまう。

急いで起き上がろうとしたが、その前にドラゴンに追いつかれた。

「チェックだ。小さき者よ」

極低音域の声がそう告げる。

レナは目の前に迫った比較的装甲の薄いドラゴンの顔目掛けてエコガンを突きつけた。

引き金が絞られる前にドラゴンの左手が動き、レナの体を打つ。途轍もない力で横に吹き飛ばされ、彼女は木に打ち付けられた。

「ぁ……グがァっ!?」

重力に従ってレナが地面に落ちる前に、ドラゴンが右掌底で彼女の体を木にめり込ませる。そしてそのまま押さえつけると、勝ち誇ったように宣言した。

「モルタージュ王国第1王女 レナ・ウィルヘン殿。貴女の御身柄は我々リービルカ共和国が貰い受ける」

「く、ぅ……は、な…せ……!」

レナはどうにか魔の手から逃れようと暴れるが、ドラゴンが少し手に力を込めると身を捻る事すら出来なくなる。

「こちらの手を煩わせないで欲しい。そうなると少々……」

ドラゴンが更に手に力を込めた。

「あぁああぁあああぁあっ!!」

レナの肺から空気が搾り出される。横隔膜が下がらなくなり、新しい空気を吸う事が許されなくなった。

「……手荒な事をしないといけなくなる」

ドラゴンの言葉はレナには既に届かない。彼女に出来るのは遠くなった意識で無意味に助けを求める事だけになっていた。

レナが気絶して動かなくなったのを確認してからドラゴンは彼女を木から引き剥がし、潰さないように気をつけながら胸の前に抱え込む。それから仲間が引き倒し、桜の海に浮かんだ空母のような滑走路を離陸すべく、助走を始めた。

先ほど上空を通過した敵の飛行物体が旋回して再び接近してくるのにドラゴンは気付く。空に先に上がっていた仲間に時間稼ぎを頼み、自身はとにかく走る事に専念した。

ドラゴンは顔に当たる空気の感触で離陸が近い事を感じ取る。折り畳んでいた巨大な翼を広げ始め、3つに分かれた翼面に十分に風を当てた。

3重フラップで揚力を増し、その巨体を宙に浮かす。後は風に乗るだけだ。

「っそこのドラゴン待ったぁぁあぁああぁああ!!!」

「!!?」

ドラゴンが後ろを振り返る。すると狐獣人が自分と同じような速度で空中を進んでいた。

「バカな!?」

「止まれっつぅ〜〜〜の!!」

獣人は肩から提げていた円筒をこちらに向ける。すると円筒から煙が噴出し、高速で何かが接近してきた。

「野砲か!?」

ドラゴンが直進してくる物体の進路上から自分をずらす。だがその物体も同じように軌道修正し、そのままドラゴンの背中で爆発した。

「クルーズ! 速度を上げろ!!」

『アイサー!!』

ドラゴンが姿勢を崩し、足が地面に擦れる。後ろに引っ張る力により、前転を開始した。

その際抱いていたレナを空中に放り出してしまう。

「そのまま真っ直ぐ行っけぇぇええぇええ!!」

使い終わったスティンガーミサイルを投げ捨てた司が、レナの確保の準備をしながら叫んだ。

レナはまだ地面から5メートルほど上空を舞っている。

『おらおらぁ!! 糞トカゲが近づいてきてるぞ!! 弾幕が薄い!!』

司が上を見上げるとオスプレイの後部ハッチから大量の銃弾が囮のF−5につられて離れたドラゴンに向かって撃たれている。オスプレイのプロペラは完全に前を向き、速度をぐんぐん上げていた。

「レナさーん!! 起っきろぉぉお!!」

地上まで3メートル。司とレナとの距離もそのくらいまで縮まる。

あと少し、もう少し手が伸びれば……










そこでレナは誰かを探していた。

キール山脈の先鋒としてもモルタージュの直ぐ近くにある山の中でである。うっかりするとリービルカに無断入国しかねないこの辺りにヒトが足を踏み入れる事はほとんど無い。

だが、まだ9歳になったばかりの彼女は危険を冒してでも会わなくてはならないがいた。

案の定、地理に詳しく無いレナはリービルカ領に入ってしまう。しかも運の悪い事に哨戒飛行をしていたドラゴンに見つかってしまった。

必死に逃げた。ドラゴンは退屈凌ぎに丁度いいと考えたのか、彼女が疲れて動きが遅くなったり、転んだりした時に近くに炎の息を吹きかけては、レナが健気に逃げる様子を楽しんだ。

1時間ほどすると、流石にドラゴンも飽きてきた。国に帰して言いふらされるのもしゃくだと思ったのか、レナを始末する事にしたようで、レナを掴み上げると空高く舞い上がる。

悲鳴を上げてじたばたしている彼女にドラゴンが言った。

「ここらで1番美しい場所に連れて行ってやろう」

レナは泣き顔を上げて言う。

「それなら     の所に連れていって」

「その人はどこにいる?」

「遠い……遠い場所としか」

「そうか」

ドラゴンはそのまま黙って飛行を続けた。

レナも黙ってどこにいるか分からない探し人に思いを馳せる。不思議ともう恐怖感は無かった。

しばらくするとこの辺りで1番高低差が大きいクルゴンの滝まで来ていた。レナも下から見上げた事はあったが、上から見たのは初めてである。

滝つぼに水が落ちる。その衝撃で水面に波紋が複雑に絡み合っていた。

それを見て、何故かそこに飛び込めばその人に会えるような気がした。

「ありがとう。私をこのまま落として」

ドラゴンは少し驚くが、頷くとその手を離す。

景色が上に流れ、水面が接近してくた。飛沫した水滴が体を包み、心地よい涼しさで安らいだ気持ちになる。

レナが水面に到達するまで残り幾許いくばくも無い。

もう少しで会える。そんな事を思っていると、横で知らないヒトがレナに手を伸ばしているのに気付いた。

必死で何かを叫んでいるが、風の音でレナには聞こえない。

ただ、今まで探していた人よりも、そのヒトと一緒にいたいとレナは思った。

彼女は手を伸ばし、掴む。





「掴んだ!! っげろぉお!!」

『『了解ぃ!!』』

クルーズが操縦桿を引き、ウィローやゴールドスターの面々がロープを一気に引っ張った。

レナのブーツの先が地面の小石を蹴ったが、本格的に足を持っていかれる前に体が上昇する。

「っ……司、か……うっ!」

無理矢理を引っ張られて、徹底的に痛めつけられたレナの体が悲鳴を上げた。

「お疲れレナさん。あ、ちょっと待ってて。ふんっ!」

それに司がレナを一気に引き上げると、そのままお姫様抱っこをする。彼はレナに笑い掛けると言った。

「これでこの前のはチャラね。あ、一応コレ巻いて」

「……あ、あぁ」

差し出された命綱をレナは体に巻く。終わってからようやく現状を把握して、レナの心拍数は一気に上がった。変に黙り込んだレナに司も気まずくなって黙ってしまう。

普段のレナならこのような気まずい沈黙は体が受け付けないが、不思議と今は嫌な感じはしなかった。ただ、この時間が続いてほしい。気付けばそう考えていた。

しばらく空中をブラブラと泳がされていたが、ようやくオスプレイの後部ハッチに引き上げられる。

「お帰りなさい姫! お疲れさんです!」

「「お帰りなさい!」」

宙ぶらりんな司たちをディンゴやウィローらが機内に引っ張り込んだ。ハッチが閉まり、与圧が開始される。

司とレナはしばらくの間無事に生きていた事に安堵して放心していた。

が、

「……ぅく、……くっ、くっ、くっ」

「くふっ……」

「ぶっ」

「「?」」

段々機内を吹き笑いが満たしていく。コックピットを見るとクルーズも肩を震わしているし、ウィローは笑いを抑えるのに必死でうずくまり、ケントは微笑ましい光景を静かに眺めるという様相を見せていた。

「な、御2さん方がアツアツなのは分かるがな。そろそろ離れても良いと思うぜ? 治療とかした方がいいだろ? まぁ愛が1番の治療薬っつーなら何も言わねぇけどな」

ディンゴに言われて初めて2人はお姫様抱っこをしたままという事に気が付いた。同時に顔を真っ赤にし、直ぐに離れようとするが、落ちないようにと体に巻いたロープがそれを邪魔する。

必死で外そうとする司たちを見て他の面々は耐え切れなくなり大爆笑を開始した。

クルーズも爆笑し、操縦桿を上下に動かしてしまう。機体が大きく揺れ、乗っていたのヒトたちは機内をゴロゴロと転がされてしまった。

「ぎゃははっ、はっ……わ、悪ぃ……うはは」

キャビンの隅に吹っ飛ばされた司とレナは今この場でロープを外すのは無理だと悟り、そのままの状態でもいいやと諦める。

「お疲れ様、レナさん」

「……あぁ、お疲れ司」

気恥ずかしいのでお互いに目は合わせないが、逆にそれが初々しさを増していた。

だがこれ以上の野暮はノーサンキューとゴールドスターの面々は皆わざわざ後ろを向く。

「キスするなら今だぜ?」

「「するか!!」」

ディンゴの言葉に司とレナが同時に叫び、やはり笑いが起こった。

オスプレイは夕日にを背に進む。





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