王の間は豪華絢爛という訳ではなかった。しかし幾多の目的に対応するように作られたと分かるその部屋は無意味な威厳より機能美を追求した結果だと司に思わせた。

「ようこそ司君、それにエア君。我々は君たちを歓迎しよう」

司たちの前方にある巨大な円卓の向こうに座るレナパパが言った。外で見せていたバカっぷりは鳴りを潜め、百獣の王たる静かな威厳が溢れている。

「歓迎を感謝します。モルタージュ国王」

社交辞令を述べ司は座った。それにエアも続く。行儀作法を全く知らないのではなく、対等な立場を示しておきたいと思った末の行動である。子供の特権も多少行使したが。レナはというと一瞬迷った後、父の隣に納まった。

王さまは司の行動にキョトンとしていたが
彼の心意気を察すると高笑いをした。

「あっはっは。これは面白いな。なるほど、娘に『キャッ』と言わせただけはある」

「なっ!? なぜそれを!?」

王さまの言葉にレナが声を荒げた。彼女の黄色い毛が赤く染まって見えたのは司の幻覚か。

「レナ。私のかわいいレナ。私がお前を1人で行かせると思うか? もちろんお前の周りには一個中連隊を付けてやったとも。お前があんな粗相をしなければもっと安全な旅だったんだがね」

「一個……中連……隊……全然気付かなかった……それにそんな事で軍事行動など……」

レナは驚愕のあまり言葉を失くす。司はあまり軍事に詳しくなかったが、この前の世界史の時間に第二次世界大戦の部分をやったばかりだったので、大体1000人くらいが護衛に就いていたという事が分かった。恐るべし親バカである。


「あぁ、今回の作戦は全員志願してきた者でね。その点は安心していい。それにレナに気配を悟られずに着かず離れずの行軍を行うのはいわば最高難易度の訓練に匹敵するからな。さらに全く士気が下がらないというオマケ付きで、だ。本当に魔法のような作戦だったよ。まぁ、1ヶ月早い夏季軍事演習だと思ってもらっても構わない。ちなみにこの作戦中、我らが姫を襲おうとした人数は103。諸外国でも人気だな我が娘よ。お父さんは嬉しいぞ。ただこのファンたちはアポなしでアイドルに会えると勘違いしていたらしく全員お縄になったがな。あとムチも加えた。戦闘中の死傷者は0。気持ち次第でいくらでも強くなれるという証明だな」

王さまが作戦内容を語る。転んでも只では起きない古狸のようなヒトだな
と司は思った。一方、レナはそれを聞いて当然の事を質問する。

「まぁ、こんな事を自分で言うのはお門違いだとは思うが……一個中隊を動かしておいて私が捕らえられた時なにもしなかったのはなぜだ?」

すると王さまはしばらく言うか言うまいか迷っていたようだが口を開いた。

「あ〜なんだ。お前が捕まった時はもちろん直ぐに救助作戦を展開しようとしたんだが……救助隊がならず者の会話を聞いてな。お前を縛ってどうのこうのいうものだったが……その言葉で武力行使に出たバカが若干名いてな。指令官も丸め込んでその様子を見ようとしたらしい。まぁ、そんな様子はロクに見ることができなかったがな。そんなこんなしている内に司君たちにお前が会ったという訳だ。あぁもちろん首謀者たちの処罰はしてある。しっかり縛って放って置いてあるよ。なぜか満足そうな顔をしていたがな」

「「「……」」」

この話にはレナは元より司たちも絶句するしかなかった。

「まぁ国民に深く愛されているという事で丸く収めようではないか。おっと、長々とすまんな。そろそろ本題に入ろうか。司君、君のお姉さんとは話が付いているので早速だが我が……」

「ちょ、ちょっと!? 姉さんを知っているの!? いったいどうして!?」

急に遥の話が出た司は思わず食い掛かってしまう。結構な剣幕に少し引きながら王さまは答えた。

「あ〜その件に関しては直接聞いて貰いたい。私も知り合ったばかりだし、何よりも今もこの会話を聞いているからな」

『そうよ〜。久しぶりね〜。元気してた〜?』

王さまの言葉と同時に3日ぶりの声が聞こえ、スターウォーズのホログラムのように遥がテーブルの中央に現れた。











「ハァ〜イ。司〜。3日ぶり〜? 元気し〜てる〜? お姉〜ちゃ〜んは元気だよ〜! ヤッホホ〜イ!」

所変わって元の世界、了田家の2階にある遥の部屋から酔っ払いの声がした。無論その声の主は遥である。昨日の夜から飲み続けていた12本のキリン・ザ・ゴールドのせいでべろべろだった。

午後になったばかりの今、本来なら会社にいるべきである彼女だったが無断欠勤を絶賛決行中である。もちろん午前中は抗議の電話が殺到したのだが、齢30を超える黒電話にそんな重労働は酷だろうと遥が電話線を引き抜いたので、今は彼女以外に音を立てる者はいない。

午後の麗らかな日差しを部屋中に散らかっている工業道具や材料と一緒に満遍なく享受している遥の目の前には、司やエア、レナに王さまのホログラムが表示されていた。プロジェクターのようなものは影も形もないので、これもオーパーツ要素をふんだんに取り入れた代物なのだろう。

「いや〜転送装置の作り方今の今まで忘れてたんだけど〜。酒を飲んだら〜。こう、急にパァ〜と思い出したのよ〜。それで一念発起で作ったのよ〜通信装置! 製作時間はなんと5分! 誉めて誉めて〜!」

「━━━━!!!」

遥はどうやら酒を飲むと急激に性格が変わる体質らしく、大分子供っぽい印象の喋り方をしていた。更に思考まで回帰したらしく、無線(電波かは分からない)の向こうから漏れた司の罵詈雑言に大人気ない対応をした。

「あ〜じゃあ王様、末永くそいつをこき使って……なによ。私は”後先考えずに核ミサイルのスイッチ握って走り回る人間大災害”様よ。そんなこと知ったこっちゃないわ。……あ〜はいはい。人前で謝り倒さないでよ恥ずかしい。分かったからもういいわよ! とりあえず無機物を送る方法は作成し直したからなんかそっちに送るわ。有機物の転送方法の再作成までは少し時間が掛かるからそれまでそっちで生活してね。え? どれくらいだって? え〜まぁ半年くらいは覚悟していろ! オーバー!」

司の叫びが聞こえる前に遥は無線を切った。それから周りを見回し、口論中に醒めた頭で周りの状況を整理しようとしていたが

「……どうしてこうなったんだっけ。まぁいいや、寝よ」

と言うとそのままゴロンと横になる。

司の事など文字通り次元の彼方だった。











「おいコラ! 返事しろ! あ!? 切るなバカ尼ーーー!!! ……はぁ……はぁ……あ、お、御見苦しい、所を、見せて、しまいました……」

「いやいや、喧嘩するほどなんとやらだよ。気にしなくていい。では本題に入ろう。レナから聞いていると思うがこの国は戦争の危機に瀕している。まぁ開戦が決まった訳ではないが、遅かれ早かれというものだろう。さて、私は君の姉から私にしか連絡を寄越さないという確約を取り付けた。言っている事が分かるかね? つまりそういう事だ。君はこの国を守らなくてはならない。どうだね? 我が軍に入ってみては」

にこにこしながらライオンは司に問い掛けた。司は絶句する。王さまはタレーランもかくやという策謀家のようだった。

「……拒否なんてできる訳ないじゃないですか。いっその事奴隷のようにしてみたらどうですか?」

「ハハハ。ここは民主国家だよ。そんな事する訳ないじゃないか」

こ、この古狸め と司は心の中で呟く事しかできない。話し合いの軍配は完全に王さまの方に上がっていた。

司が黙ったのを見届けると今度はレナが口を開く。

「司と父上の話は終わったな? では今から親子の愉快な雑談コーナーだ。これはいったいど・う・い・う・こ・と・か・な?」

レナは言いながらポスターを突き出した。それに写っている写真に司は思わず「げっ!?」と呻き、エアは僅かに顔を輝かせた。

見出しには『遂にレナ様が他国のヒトにキス!? お相手は童顔の人間の王子!! 結婚相手決定か!?』とゴシップ調に書かれている。

「この結婚相手決定とかなんとかというのはどういう事だ……」

彼女の手がぶるぶる震えている。顔には返答次第では殺すと明確に書かれていた。

「いや〜ハハハ。皆なにか勘違いをしているみたいだな。単なる<誓いの儀>なんだがねぇ」

王さまは顔こそ平静を保っていたが下半身はそうとはいかず、尻尾はびゅんびゅんと行き交っているのが見える。

レナは心に素直な尻尾を見ながら「まだしらばっくれる気か」とため息を吐いた。

「エアさん。キスの意味を言ってくれ」

レナは賢かった。王さまも遥にエアがただの人間ではない事を聞かされていたから分かったであろう。インターネット完全網羅の怖さを。

「キス。接吻又は口付けの英語読みで、相手の唇や手に自分の唇を付けること。主に愛情や尊敬の気持ちを表します」

それを聞いてからレナが動き出したので慌てて王さまが「その中に約束をするということがあったのではないのかね」と悪あがきをしたが、エアはそれに対し「ある事はありますが愛情のない者には普通はしません」ととどめを刺す。

王さまはがっくり。慈悲を乞う目でレナを見るが……。

「覚悟は……できてるな?」

「い、いや、待て。取り敢えず落ち着きなさい。ホラ、子供はだんだん親離れをするというじゃないか。それを回避するにはどうしたらと切実に考えて……あぁぁぁあ」

王さまはどこかに連れ去られていった。今度は打撃音すら聞こえない。

「姫様、そっちの気があると思ってましたのに……」

いつの間にか現れたリスメイドが落胆して呟いた。

「え、レナさんって誰彼構わずキスして回ったりでもしたの?」

思わず司はリスメイドに聞いてしまった。リスは肯定の意を返す。それは……………さぞかしフレンドリーなお姫様に見えただろう、と思ってしまう司だった。

「ん? でもなんで僕だけあんなゴシップ? 他のヒトの分は……」

リスメイドがそそくさと退室する。そして1分程した後、両手に数百枚の紙束を抱えて戻ってきた。全部違う内容らしい。

「これ……全部」

「はい! 私との分も20枚程入っています。いつもはちゃんとバレないようにやっていたのですが、今回は異国のヒト、しかも人間とということで姫様まで紙が行ってしまったらしいです。あぁ、もう発行されないんですね。『姫様の今日のお相手』……」

リスメイドが泣きそうになりながら言った。それに被せるように声が発せられる。

「そうか。私はこんなゴシップを作るために貰われたという訳だ」

「はっ!? ひ、ひ、ひ、姫様!?」

絶妙なタイミングで肉塊を伴ったレナが戻ってきていた。もうコントと言って差し支えない領域に達している。

「さ、第二ラウンド行こうか」

父を引き摺る狐はもう怒りなどを通り越し、純粋な暴力の楽しさに目覚めていた。

「あぁ、誰か助……」

ドアの向こうに消えていく血まみれの毛玉がライオンだったのかは司とエアには判別が付かなかった。

「じゃ、じゃあ部屋に案内します。さ、こちらへ」

リスメイドが司たちの先導を開始する。明らかにこの場を去りたいのが本心だろう。

事態はリスがライオンをスケープゴートにするという誠に奇妙なものになっていた。



前へ     戻る     次へ

トップに戻る