夜の森をどのように認識できたか分からなかったが、前方から迫り来る木々をヨルノズクのように見分ける事ができた。ミトラスが視覚にも何か細工したらしい。

「うわっうわっうわっうわっ!! ぶつかる!! ぶつかるぶつかるぶつかる!!」

叫びながらその全てを避けるトオル。暇な時に近所のお兄ちゃんにBMXを乗らせて貰っていた賜物だった。

「やるじゃない! その調子でジャンジャン逃げて! 取り敢えず道路に逃げるわよ! そしたらグレネードとか試すから!」

「どわぁ!!」

タイヤの回転率がさらに高まる。既に原チャリなら追い越せそうな速度になっている。さすがに木々を避けるのが難しくなったが、タイミングのいい時に森が切れた。

道路に放り出され、蛇行運転から開放された事でようやくハインドがポケモンではなくヘリコプターである事がトオルにも分かった。映画でオーキド博士が乗っていたベル社製のヘリコプターしか見た事のない彼にはソ連製の丸みのある機体が同じヘリであるとは俄か信じられなかったのだ。

「さっさと落としてよ! こんな開けた場所じゃ直ぐに撃たれちゃうって!」

「無茶言わないで! 攻撃ヘリは固いの! 落とせたらとっくに落としてるわよ!」

ミトラスが叫びながらMG43を撃ち続けているがなるほど、ハインドに5・56ミリの弾が効いている様子が全くない。トオルは代案はないかと考えてパッと思いついた事を実行してみる。

「ヘリならローターを止めれば落ちるんじゃない!? ミトラス! ねんりきでローターを止めろ!」

「あ、ちょっと!? あぁ! 私のMG43が!!」

ミトラスの意思に関係なく世襲式特殊効果付加技発生要求装置が作動し、ローターを止めるべくナノマシンがハインドの周囲に集まる……はずだったがハインドに変化は無い。逆にガトリングを打ち出してきた。

「だわぁ! なんで効かないの!? ミトラス! さっきの銃で撃ち返して!」

「アンタが無理矢理私に技を使わせたせいで落としちゃったわよ! CGAが技の発生を制御しているのに自分に向けられた技をそのまま喰らう訳ないでしょ!」

「そんなぁ!」

ガトリングの猛攻をどうにか避けるトオル。今はうまく避けているがそう長く持たないだろう。

「ええい、いつまでもクヨクヨしないのよ私! プランCよ!」

ミトラスは言うとHK69をモンスターボールから取り出しハインドへと構え、グレネードを発射した。低速で40ミリの弾頭がハインドへと迫る。が、途中で失速し地面にポトリと落ち、直後に爆発した。

「「なんで!?」」

2人の絶叫への返答の替わりにロケット弾が飛んできた。無造作に発射されたそれが周囲で火炎乱舞を開催する。

「もう! 私にランボーでもやれっての!? 弓矢なんか持ってきてないわよ! グレネードがダメならもう方法が……」

言いかけてミトラスは考え込んだ。方法は無いわけじゃないけど……。

「アンタのチャリテクって信用していいの!?」

「何言っているのか分かんないけどジャンプぐらいならできるよ!」

「じゃあプランDよ! ET作戦開始!」

「ETってなにぃ〜!?」

トオルが叫んだ瞬間に映像が浮かんできた。不健康な白い肌の少年がシワシワのポケモンを自転車のかごに乗せて月をバックに空を飛んでいる。その他にも情報がどんどん頭に浮かんだ。

「これは!?」

「鈍いわね! 私が映像を送っているの! 原理はメールと一緒! 後でたっぷり講義してあげるから今は黙ってやる! Let’s GO!」











ジグザグ運転をしていた自転車が急に真っ直ぐ走り始めた。いい加減弾が当たらない事に業を煮やしていたハインドのパイロットはこれ幸いと標準を定める。

「月まで吹っ飛べ」

ガトリングの発射ボタンを押そうとした時、自転車後部に乗っているラルトスがまたグレネードを構えているのを確認したので、パイロットは後部にいるオペレーターに指示を出した。

「チッ、爆風の範囲から離れるぞ。耐弾シールドを展開しろ」

「了解」

ハインドは自転車から一気に離れる。それからグレネードの着弾時に起きる乱気流に備えて操縦桿を握り締めていたが、いつまで経っても弾道変更シークエンスが開始されない。不審に思っている内に明後日の方向で爆発が起きた。

「……んのぉ、おちょくりやがっ」

怒り心頭の体となったパイロットが発作的に発射ボタンを押そうとしたが、その指もまた止まる。

「なんじゃありゃ」











「突っ込めぇ!!」

「あぁママよ!」

トオルは本心では自転車を止めて道の脇で白旗を振っていたかったが、タイヤは相変わらず彼を無視して回転を続けていたので、そのままミトラスがグレネードを撃ち込んだ場所に突っ込んだ。トオルは自転車を少しジャンプさせて、爆発の衝撃で傾いでいる木に乗り上げると一気に空へと駆け上がる。

そして、そのまま重力を無視して地面に落ちなかった。

「タ〜ラ〜タラララタ〜ラ〜♪ やれば出来るじゃん! 私!」

満月をバックに少年とポケモンが自転車で空を飛ぶ。ミトラスが歌っているのは勿論テーマソングである。このシチュエーションで飛ぶ事が出来たのがそれだけ嬉しかったようだ。嬉しかったのはミトラスだけのようだったが。

「うわっうわっうそっ!? 飛んでる、飛んでる飛んでるって怖エェエ!! ……今すぐ降りていい?」

「地面が30メートル下でいいならいいわよ」

「それ暗に死ねって……」

「ハインドが動き出したわ! 空中格闘用意!」

あまりの事に動きを止めていたハインドがまた動き出す。しかし今までのように近づいてきてガトリングを撃つ事は無かった。

「……あ、マズッたわ。やっばいやばいヤバイヤバイ! トオル! ミサイルが来るわ! どうにか避けて!」

「え、何ミサイルって!? そんな事いきなりぃぃぃい!?」

ハインドからミサイルが発射されると同時に自転車が急加速をする。突然の事だったのでトオルは地面に落ちそうになった。

ミサイルは過たずトオル達へと向かってくる。そこからミトラスは種類を特定した。

「セミ・アクティブ・レーザー・ホーミング・ミサイルね! ……チャンス! 特攻するわよ!」

「何でぇえ!! 何でそうなるのぉ!?」

「ほらぁ、来るわよ! 近接信管を作動不能にするから避けて!」

「そんな事ができるならいっそ軌道を変えるとか……うおぅ!!」

真後ろから迫ったミサイルを車輪の下の部分を軸に1回転させてトオルは避けた。ミサイルはしばらく直進したがクンっと機首を曲げると再び自転車目掛けて飛んでくる。

「進路変更が出来るから意味が無いの! それより今から作戦を伝えるわよ!」

言うとミトラスはトオルの頭に作戦概要を送った。それを理解すると彼はブンブンと首を振る。

「無理無理無理無理!! 頭のネジが飛んでるってそれ!」

「あぁそう、なら他の案を聞くわ。3……2……1……無いみたいだからスタート!」

旋回してくるミサイルを誘うように自転車が直線で動き出す。その線上にはハインドがあった。

「し、死ぬぅ!」

トオルの声は加速する自転車の大気を切る音で聞こえなくなった。一方のハインド側もまさか突っ込んでくるとは思ってもいなく死ぬほど驚いて、ガトリングも撃たずにミサイルの誘導を切ってしまった。切ってからそのまま直進すれば自分達に当たるという事を思い出したが。

「く、うぉおぉおおお!!」

ガトリングをファランクスの要領で撃ちまくる。その内の1発が運良く当たり、ミサイルは爆散した。

「……ふぅ。ビビらせやがって……おい、連中はどこだ?」

パイロットがオペレーターに聞くと無線から答えが返ってきた。

『ま・う・え・で〜す! なかなか楽しかったけどこれ〜でお〜しまい♪ じゃね』

その少女の声に2人が上を向くとキャノピーとメインローターの間にギリギリで自転車がくっ付いていた。少年の方が手に手榴弾を持っている。

「待……!!」

パイロットが静止の声を上げた時には手榴弾は少年の手から離れていて、自転車は地面へと自由落下を開始していた。

トオル達のもくろみを理解したパイロットは機体を回転しようとしたがもう遅い。

手榴弾は吸気ファンの近くまで届くと一気にエンジン内部に侵入した。高温に耐えられなくなった手榴弾が爆発し、それがエンジン、燃料パイプ、燃料タンクと引火し、ハインドを火達磨にした。

「きゃ〜! やったわよトオル! 手榴弾で落とすなんてランボーもビックリだわ!」

自身の達成した偉業にミトラスは喜ぶ。が、トオルはそれ所ではないらしい。

「ねぇ、僕の脳をどんだけイジッたの?」

人を殺した直後なのに冷静なままのトオルがミトラスに聞いた。前に誤って殺した時は発狂寸前だったのに対し、あまりに何も感じないのを不審に思ったのだ。

「え? う〜ん。いろいろイジッたからねぇ。例えばリミッターを解除したりとか。ほら、火事場のバカ力ってあるでしょ? あれをいつでも出せるようにしたりとかね。だから気を付けないと毎日筋肉痛よ。ま、再生の方も最適なパターンでできるようにしたから直ぐに慣れるだろうけど。後はトオルの脳と私の脳を直接リンクできるようにしたわ。テレパシーができると思って貰えればそれで結構。あ、それとね、これからもドシドシ人殺しして貰うから罪悪感なんかの感情をカットさせて貰っているわ。一々気絶やら良心の呵責やらで戦闘を中断させられたらタマんないもの。麻薬使わなかっただけマシだと思って」

ミトラスは自転車の降下速度を落としゆっくりと着地させる。そしてそのままフワフワとユウキ達のいる森に入ろうとしたが、トオルに「待てよ!」と言われて止まった。彼女は面倒くさそうに振り向いて先に釘を刺す。

「言っとくけど僕を元に戻せ! みたいなのは悪いけど却下するわ。足手まといでも親は親なんだから、殺されちゃうのはイヤだし。それにこの旅が終わったらちゃんと元に戻すわよ。今だけだから安心して。話はこれで……うくっ!?」

「どうしたのっ!?」

急にミトラスが苦しみ出し地面に落ちた。トオルは慌てて駆け寄り抱きかかえる。

「う……だ、大丈夫よ。た、だ進化する……だけだから。で、も……聞きしに勝る、苦しさね」

ミトラスが進化と言った通り、形がどんどん変わってきている。ヒラヒラしていたスカートのような下半身が横にせり出しバレリーナのスカートのようなものに変わる。それと同時に緑色の細い足が生えてきた。頭部もオカッパからツインテールのようなものに変わり、赤い突起が2つに別れる。今やミトラスは完全にキルリアとなっていた。

体の変化が終わるとミトラスはグッタリとトオルにもたれ掛かる。

「進化って光に包まれてうんちゃらじゃなかったの?」

「本当はね。そうやってトレーナーから隠して行うらしいんだけど、今はHALとリンクしていないから。私の処理能力だとどうしてもそっちまで手が回んなかったのよね。でもハインドと戦っただけで一気にレベル20越えちゃったのね。……よく勝てたわよね私達」

「ホントだよ。特に最後なんか途中でねんりきができなくなるの忘れていたでしょ。もし位置がちょっとでもズレていたならローターでひき肉になっていたって。……それにしても初バトルがあれかぁ。コラッタオタチポッポその他もろもろはどこに行ったんだ」

「トオルが自分で無視したんじゃない」

「そうだっけ?」

どちらとも無く笑い出す。それから互いに手を叩き「「イェーィ」」と言ってまた笑った。確かに今、チグハグだった彼らにも絆というものができたのだ。月はそんな勝者達を優しく照らし、再び聞こえてきた森のポケモンの声は彼らを讃える。

「このままキスしたらハッピーエンドだね! お父さん!」

「そうだなぁ。その後ズームアウトしてエンドロールだな」

「「するか!!」」

口の替わりに声が被さった。











「カナガワ支部より入電。レベル5のハイギフテッドの駆除にハインドを投入、攻撃しますが迎撃され墜落。殉職者2名。ハインドの残骸等はただ今急ピッチで回収中です」

高校の体育館程の広さの薄暗い部屋で50人近くの人間が忙しそうに動き回っていた。コンソールが同じ数だけ並んでいて、そこに都道府県が表示されている。

「ふ〜ん。なかなか骨のあるハイギフテッドじゃない? ハインドを落としたなんて”人切りバシャーモ”以来ね。楽しみが1つ増えたわ。その子を要観察対象に入れておいて」

その部屋の中央に一段高くなっているコンソールがあり、そこから女が部下に命令した。

「お楽しみはじっくり育ててからじゃないとね。数少ない娯楽なんだから楽しませてよね? 藤田トオル君?」

女はディスプレイに写ったミトラスと一緒に笑っているトオルを見ながら言った。





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